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喝采
第10章 我、深き淵より御身に祈る
「そして卒業と同時に、斉賀さんの立ち上げた『コレギウム・トウキョウ』でカウンターテノールとしてデビューした。僕が拓人に話せるのは、これで全部だ」

 雫石の語る過去の話は、どこまでも淡々と、理路整然としていた。そして雫石の心に、両親の姿はどこにも存在していないこともわかった。

 彼らは確かに遅すぎたのだ。

「ありがとうな。話してくれて」

 谷田部は雫石の手を握った。雫石は冷静で無感情に見えるが、実はとても繊細な心の持ち主だった。ここまで過去の出来事について話すのは、本当は辛いことだったに違いない。その証拠に、谷田部が握った手は、まるで氷のように冷えていた。

「いや。拓人には知ってほしかったから。僕が隠してきたこと、すべてを。ここまで話したのは、君が初めてだ」

 雫石の過去は、谷田部が想像していたものよりもずっと辛く淋しいものだった。

 絶望と諦念。

 それでも斉賀の助けもあり、雫石は絶望の中から立ち上がることができた。雫石にとって、歌うことは生きることそのものだった。雫石が受難曲を得意とするのは、雫石自身の経験してきた過去があるからだ。
 けれど谷田部には、それはとても悲しいことのように感じられた。
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