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喝采
第10章 我、深き淵より御身に祈る
次の日も、そのまた次の日も、雫石の両親は雫石の元を訪れた。だが、雫石は決して会おうとはせず、ドアも開けずに両親を門前払いし続けた。
そんな日が一週間も続き、いよいよ両親の帰国が迫ってきたある日、谷田部は雫石の言葉を無視して両親を病室に招き入れた。
「拓人。なぜ通した」
雫石は普段は静かな瞳を怒りできらめかせ、谷田部を睨み付けている。
「意地を張るのもいい加減にしろよ、玲音。もうすぐご両親は帰国しちまうんだろう? お前は一度ご両親と正面から向き合うべきだ。人間ってのはさ、ちゃんと言葉に出して話さないと思っていることなんて伝わらねえんだよ。黙ったまま、互いに理解しあうなんて無理な話だ」
谷田部と雫石がそうだったように。雫石と両親に必要なものは、思いをぶつけあう機会なのだと、谷田部は思っていた。
「僕は彼らと理解しあいたいなんて思っていない」
「逃げるな、玲音。お前らしくないぜ。一体何を怖がってるんだ?」
「怖がってなんかいない」
「いや、怖がってる。玲音も、……そしてあなた方も」
壁際で身を縮めていた雫石の母親は目を閉じ、ため息をついた。父親が無言でそっと寄り添う。
「そうかも知れません。私たちは怖かったのです。玲音に会うことが、そして玲音に非難されることが」
「仕方ありません。あなた方は遅すぎた。玲音はずっと待っていたのに」
「待ってなんかいない」
頑なに両親を拒絶する雫石に、谷田部は首を振った。遅すぎた訪れは、 双方の心を遠いものにした。物理的な距離以上に遠い、心の距離。
「お前はご両親に『遅すぎた』と言った。裏を返せば、『もっと早く来て欲しかった』ということだ。本当はずっと待っていんだろう? 昔の事故のときから」
「昔の事故……」
「そうです。玲音は半年近く入院し、そのあと半年、斉賀さんの家で療養していたと聞きました。ウィーンに不在がちだったとはいえ、一年あれば玲音に会いに行けたはずです。なぜ、あなた方は玲音に会いに行かなかったのですか?」
せめて一度だけでも両親が雫石に会いに来ていれば、ここまでこじれることもなかっただろう。雫石は意味もなく怒ったりはしない人間だ。
そんな日が一週間も続き、いよいよ両親の帰国が迫ってきたある日、谷田部は雫石の言葉を無視して両親を病室に招き入れた。
「拓人。なぜ通した」
雫石は普段は静かな瞳を怒りできらめかせ、谷田部を睨み付けている。
「意地を張るのもいい加減にしろよ、玲音。もうすぐご両親は帰国しちまうんだろう? お前は一度ご両親と正面から向き合うべきだ。人間ってのはさ、ちゃんと言葉に出して話さないと思っていることなんて伝わらねえんだよ。黙ったまま、互いに理解しあうなんて無理な話だ」
谷田部と雫石がそうだったように。雫石と両親に必要なものは、思いをぶつけあう機会なのだと、谷田部は思っていた。
「僕は彼らと理解しあいたいなんて思っていない」
「逃げるな、玲音。お前らしくないぜ。一体何を怖がってるんだ?」
「怖がってなんかいない」
「いや、怖がってる。玲音も、……そしてあなた方も」
壁際で身を縮めていた雫石の母親は目を閉じ、ため息をついた。父親が無言でそっと寄り添う。
「そうかも知れません。私たちは怖かったのです。玲音に会うことが、そして玲音に非難されることが」
「仕方ありません。あなた方は遅すぎた。玲音はずっと待っていたのに」
「待ってなんかいない」
頑なに両親を拒絶する雫石に、谷田部は首を振った。遅すぎた訪れは、 双方の心を遠いものにした。物理的な距離以上に遠い、心の距離。
「お前はご両親に『遅すぎた』と言った。裏を返せば、『もっと早く来て欲しかった』ということだ。本当はずっと待っていんだろう? 昔の事故のときから」
「昔の事故……」
「そうです。玲音は半年近く入院し、そのあと半年、斉賀さんの家で療養していたと聞きました。ウィーンに不在がちだったとはいえ、一年あれば玲音に会いに行けたはずです。なぜ、あなた方は玲音に会いに行かなかったのですか?」
せめて一度だけでも両親が雫石に会いに来ていれば、ここまでこじれることもなかっただろう。雫石は意味もなく怒ったりはしない人間だ。