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喝采
第10章 我、深き淵より御身に祈る
「……事故の知らせを一臣から受けたとき、私も夫もツアーで世界中を回っていました。過密な日程は、ウィーンに帰ることを許さなかった。一ヶ月後ようやくウィーンに帰ってきて、玲音に会おうと何度も思いました。でも、会えなかった」
「なぜですか?」

 彼らはなぜ、息子に会いに行かなかったのだろうか。

「事故は、生死の境をさ迷う大きなものだったと聞きました。一番辛く苦しいときに子供のそばにいられなかった情け知らずの親が、今さらのこのこ顔を出して一体どうなるというのでしょう」

 雫石の両親は、雫石を愛していないわけではなかった。だが事故の直後に雫石に会う機を逸し、結果としてずるすると今日まで来てしまったのだった。

「それでもあなた方は玲音に会うべきだった。せめて一度だけでも会っていれば、玲音は体だけでなく、心にまで大きな傷を負うことはなかった」

 さらにいい募ろうとした谷田部を雫石が押し留めた。

「もういい、拓人」
「玲音?」
「もういいんだ、拓人」

 雫石は両親ではなく、谷田部をまっすぐに見つめた。

「どんなに彼らを非難しても、過ぎ去った時は戻せない。顔を出そうと思ってくれたということがわかっただけで、僕はもういいんだ」
「優しすぎるよ、玲音は」

 事故に遭った雫石がどれだけ苦しんだのか、どれだけ両親のことを待ち望んでいたのか、谷田部は知っている。苦しみぬいたはずの雫石は、あっけないほどあっさりと、両親を赦した。

「僕は事故で体に大きな傷が残ってしまった。足も痛めてしまい、杖なしではほとんど歩けない。親からもらった体を傷つけるような親不孝な子供でも、あなた方は愛してくれますか」

 雫石はまっすぐに両親を見つめた。雫石の瞳には怒りも苦しみもなく、ただ赦しを求める色だけがあった。

「もちろんよ、ごめんね、玲音。遅くなってごめんなさい……」
「玲音、すまなかった。私もアリサも、たとえどんな体であろうとお前を愛している」

 両親の涙ながらの謝罪に、雫石も静かに涙を流した。

 谷田部はそっと病室から抜け出した。しばらくは彼らを家族だけにしておいた方がいいだろう。
 十年ぶりに、いや、初めて彼らは家族として正面から向かい合ったのだ。
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