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喝采
第1章 ミサ曲ロ短調
 ゲネラルプローベ終了後、谷田部は斉賀の控え室に呼ばれた。斉賀が提示してきた案に、答えなければならなかった。

「どうする、谷田部っち。やっぱり降りる?」
「いえ、やります。やらせてください」

 斉賀はうなずき、面白そうに目を光らせた。

「玲音の歌、凄いいでしょ? あれだけのカウンターテノールは、ちょっといないよ」
「はい」

 確かに雫石の歌は凄い。それは谷田部も認める。ただし、性格は非常に難ありだった。

「君も凄くよかったよ。もっとオペラ寄りの歌い手かと思ってたけど、古楽も意外とイケるじゃない。それだけ長身だと舞台映えもいいし、玲音との声の相性も良さそうだ」
「ありがとうございます。声はともかく性格は合いそうにありませんけどね」
「そう? 結構合いそうだよ。玲音は君のこと嫌ってないしね」
「……あれでですか?」
「ウン」

 斉賀はそう言うが、谷田部にはどう考えても嫌われている気しかしない。谷田部が曖昧に笑っていると、意外なほど真面目な表情で斉賀が続けた。

「玲音は生まれも育ちもウィーンで、日本に友人がいない。だから君が玲音の友人になってくれたらいいと思ってる」

 加藤から雫石はウィーンの学校を出たらしいと聞いてはいたが、生まれもウィーンだとは思わなかった。玲音という名前からすると、ハーフなのかもしれない。

「一応頑張ってはみますけど、あまり期待はしないでください」

 谷田部としても、雫石には非常に興味があった。

 あの声。あの歌。
 どうしたらあんな風に歌える?

 だが毛を逆立てた猫のような雫石に近づくのは骨が折れそうだった。うかつに近づくと、引っ掻かれてしまうに違いない。

「ウン、よろしく。じゃ、本番も頑張ろうね。谷田部っち」
「はい、よろしくお願いします」

 斉賀は笑いながらヒラヒラと手を振り、谷田部は斉賀の元から退出したのだった。
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