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喝采
第11章 マタイ受難曲
 そして一年の時が過ぎた――。

 谷田部は空港へ雫石を出迎えに来ていた。一年前と同じ「マタイ受難曲」を歌うため、雫石が日本に帰ってくるのだ。

「玲音!」

 谷田部は杖をついてゆっくりと到着ロビーを歩く雫石に向かって、思いっきり手を振った。たまに電話で声は聞いていたものの、実際に会うのは一年振りだ。

「荷物持つぜ」
「すまない」
「元気そうで安心した。足は大丈夫なのか?」

 後遺症が残るだろうと言われていた足。元より良くなっているわけではなかったが、悪化もしてはいないように見えた。

「ああ。おそらく組んでくれたリハビリプログラムが適切だったのだろう」
「そうか。頑張ったんだな」
「拓人に迷惑をかけたくはないから」

 雫石のいう通り、確かにリハビリも適切だったのだろう。だが、リハビリをしたからといって、すぐまさま足が劇的に良くなることはありえない。後遺症も感じさせることもなくここまで回復したのは、雫石自身の継続的な努力の賜物に違いなかった。雫石は天才肌に見えて実はかなりの努力家だということを、谷田部は知っていた。

「帰ったら聞かせてくれよ、この一年のことをさ」
「もちろんだ。僕も、久しぶりにゆっくり拓人と話がしたい。そして拓人のことも聞かせてくれ」

 両親と過ごした一年は、雫石にとって価値のあるものだったに違いない。雫石の表情には以前あった冷たさが薄れ、穏やかで柔らかい表情が表れていた。

「玲音、変わったな」
「そうか。変わったつもりはないんだが」
「変わったよ。いい感じになった」

 元々綺麗な顔立ちの雫石だ。心にあった険が取れ落ち着いたことで、本当にいい顔をするようになった。

「ありがとう」

 雫石の落ち着いた笑みに、谷田部も笑顔を見せた。谷田部は雫石を促し、駐車場へと歩き出した。
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