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喝采
第11章 マタイ受難曲
 谷田部のマンションに着くと、雫石は懐かしげに辺りを見回した。

「拓人の部屋も一年振りになるんだな」
「玲音の部屋でもあるんだぜ」
「そうだったな」

 雫石は部屋に荷物を置き、リビングでくつろぐ谷田部の隣に腰を下ろした。ゆったりしたサイズのソファーは、男二人で腰掛けてもまだ余裕があった。

「……お帰り。待ってたぜ」
「ただいま」

 谷田部は隙間なく体を寄せ、雫石の唇に自らの唇を重ねた。
 一年振りの、口づけだった。

 唇を離した谷田部は雫石の服に手を掛けるが、これはあっさりと拒絶されてしまう。

「僕はウィーンを発ってから二十四時間以上、シャワーを浴びていない。せめてシャワーを浴びる時間をくれないか」
「……わかった。俺も浴びるから終わったら呼んでくれよな」

 谷田部がシャワーを使いリビングへ戻ると、雫石はソファーで眠っていた。時差と長時間のフライトで疲れていたのだろう。あどけなく見えるほど無防備な寝顔を見つめ、色白の頬をむにゅっとつまむ。だがぴくりとも動かない。雫石は一度眠りに落ちると、呼べど叫べどなかなか起きないのだった。

「おーい。明日までおあずけかよ……!」

 一年振りのお楽しみは、雫石におあずけをくらってしまったのだった。
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