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喝采
第11章 マタイ受難曲
「あれ? 杖……」
いつも本番は頑なまでに杖を手にしない雫石が、今回は杖を手にしていた。
「いいんだ」
どういう風の吹き回しかと思って雫石を見れば、穏やかな色の瞳とぶつかった。
「やはり以前より歩きにくくなったということも確かにある。だが、もうつまらない意地を張って、無理に杖なしで歩ける振りをしなくてもいいんだ」
「そうか」
谷田部の差し出した手に重ねられた手は、以前と変わらず緊張のため冷たい手だったけれど、雫石は谷田部を見つめて静かに微笑んだ。
舞台袖では指揮者の斉賀が雫石を待っていた。
「一年振りのステージだ。お客さんもずっと玲音のことを待ってたよ。彼らのために、君の両親のために、そして君自身のために歌っておいで」
「はい」
「いい子だ。玲音は本当にいい子だ」
斉賀は小柄な雫石を、まるでわが子のように抱き締めた。そこへステージマネージャーが申し訳なさそうに斉賀に声をかける。
「ソリスト出ます」
「……いってらっしゃい」
「いってきます」
他のソリストより幾分遅れて、谷田部が雫石の腕を支え、ステージへ上がった。ひときわ大きな拍手。やはりお客さんは雫石を待っていた。
ソリストが着席すると、最後に斉賀が登場し、合唱が立ち上がった。
ホールは期待と緊張に満ちた沈黙に包まれ、斉賀が腕を振り下ろすのを待っていた。
いつも本番は頑なまでに杖を手にしない雫石が、今回は杖を手にしていた。
「いいんだ」
どういう風の吹き回しかと思って雫石を見れば、穏やかな色の瞳とぶつかった。
「やはり以前より歩きにくくなったということも確かにある。だが、もうつまらない意地を張って、無理に杖なしで歩ける振りをしなくてもいいんだ」
「そうか」
谷田部の差し出した手に重ねられた手は、以前と変わらず緊張のため冷たい手だったけれど、雫石は谷田部を見つめて静かに微笑んだ。
舞台袖では指揮者の斉賀が雫石を待っていた。
「一年振りのステージだ。お客さんもずっと玲音のことを待ってたよ。彼らのために、君の両親のために、そして君自身のために歌っておいで」
「はい」
「いい子だ。玲音は本当にいい子だ」
斉賀は小柄な雫石を、まるでわが子のように抱き締めた。そこへステージマネージャーが申し訳なさそうに斉賀に声をかける。
「ソリスト出ます」
「……いってらっしゃい」
「いってきます」
他のソリストより幾分遅れて、谷田部が雫石の腕を支え、ステージへ上がった。ひときわ大きな拍手。やはりお客さんは雫石を待っていた。
ソリストが着席すると、最後に斉賀が登場し、合唱が立ち上がった。
ホールは期待と緊張に満ちた沈黙に包まれ、斉賀が腕を振り下ろすのを待っていた。