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埋み火
第2章 熾し火
「俺ね、こんなふうに女の人のことが好きでどうしようものうなったの、何年ぶりやろ。先週から、早ぅ霧ちゃんに会いたくてしゃあなかった。好きで好きで、おかしくなっとる」


 本当に自分はどうかしてしまった、と賢治は思いはじめていた。

 伏見支店時代の部下の西川遥に「霧子は離婚して、今ひとりなんですよ」と言われたときは、何か燃やしてはいけないものが再燃した感覚に襲われた。

 あのころは手に入らなくて、夜な夜な夢想することでしか発散できなかったものが、今なら……と思ってメールを出した。

 新人の霧子が配属されたころからなんとなく「可愛い新人だな」とは思っていたが、その年の暮れにサーバートラブルで全店にシステム障害が起こって役席全員が紛糾しへとへとになっていたとき、霧子はのど飴を賢治のデスクに持ってきてくれた。


『代理。疲れてるときにこんな乾燥したフロアにいたら、風邪ひいちゃいますよ』


 さして美味くもない飴が、この優しい子がくれたものだと思うと疲れた体にひどく沁みた。


「霧ちゃん、霧ちゃん。ふう、んんー」


 夢中で賢治は霧子をかき抱いた。

 本当にどうしたのだろう。あれほど「働き者で家庭を守ってくれる妻」と、彼女が生んでくれたふたりの子供たちを一番に思ってきたのに、霧子が愛おしくてしかたない。

 駅のロータリーで再会したときからまるで幼子のような執念で彼女を手に入れたかった。

 そして今は白く華奢な裸の霧子を抱きしめているだけで幸せだ。

 キスした瞬間、その唇の柔らかさに十年分の欲望が刺激され、紳士的にふるまおうとしていたのが一気に沸騰してしまった。

「もう俺のものだ」と思ったら、そこから手を止めることができなかった。

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