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埋み火
第3章 跳ね火
 霧子も、仲直りした博之と今は会いたかった。


「ねえ、今月から有給また増えたの。東京行こうかな」

「いや。お前が来ることはないよ。今度は俺が行くから」

「えっ?」


 予想していなかった博之のセリフに霧子は素っ頓狂な声を上げた。


「お前んちに泊まれば、新幹線代だけでいいだろ。俺が行くから大丈夫だ」


 博之が今まで全く言ってもくれなかった言葉を出してきた。


「そんな……泊まるって、ごまかせるの?」

「名古屋のメーカーと打ち合わせって言えばいい。どうせ俺の仕事内容なんて知らないだろうから大丈夫だ。俺ばっかり東京で楽してたら、お前が逃げるからな」


 博之が京都に来る。

 自分に会うために、家を一晩あける。

 そんなことは付き合っている間にきっと一度もないだろうと思っていたので、霧子は嬉しい反面「大丈夫だろうか、あとで『やっぱり無理だった』とがっかりさせられるのではないか」という不安も持ち始めた。

 ぬか喜びでつらいのは結局、自分だ。

 しかしその会話から一拍おいて、ちょっとおどけた声で「次の生理、いつか教えろよ」と茶化してきた。


「結局それなの?」

「当たり前だろ、言っとくけどな。体目当てで行くんだぞ」


 何よそれ、と霧子がむくれると博之は「冗談だ。俺だって、たまに一人で京都くらい行きたいんだよ」と打って変わって疲れた声で話してきた。


「言っただろ、運転あんま好きじゃないって」

「うん」

「でもさ、夏休みは夜通し新潟とか静岡まで運転するの。運転の交代はなし、途中で車中泊ね。そりゃ着いたらそれなりに楽しいけどさ、もう疲れ果てるのよ」


 霧子があまりに泣くので自分の家のことは博之は言わないようにしていたが、やっとお盆の家族旅行については少し許そうと霧子は思うことにした。


「でも。私のうちに来ても、それ以上に疲れて帰るんじゃない?」

「大丈夫だ、下半身は二十代だから」


 突然の冗談に、涙を流したまま霧子は笑い出した。


「ああ、やっときりが笑った」

「うん。私、夜中に声の出し過ぎでアパート追い出されたら責任とってね」


 そこでチャイムが聞こえた。


「じゃあ、俺は木曜金曜で連休取るから」

「私は、木曜の午後半休と金曜かな」

「オッケ。じゃ、またあとでな」
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