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埋み火
第3章 跳ね火
 あの、夏の浜松町駅の改札で待ち合わせたときのように霧子が昼過ぎで仕事を終え自宅もよりの地下鉄駅で降り改札に近づくと、向こうでその姿を捉えた博之は笑顔で「よっ」と手を挙げてきた。

 このところ仕事が詰まって疲れているとは聞いていたが、思いのほか顔色がよい。

 新幹線でよく眠れたのだろうか。


「ほんとに来たの」

「来たからここにいるんだろ。家、どっち?」


 この駅の三番出口からと教えて一緒に歩きだす。

 本当は一緒にどこかでランチを食べるはずだったのだが、午後は休みといってあったのに上司から就職後六か月の面談を入れられ、霧子が会社を出たのは十四時だった。

 仕方ないので前夜に、博之には安くて美味しい店をいくつか教えておいた。

 霧子の晩夏と初秋を兼ねる装いは、白いフリルのブラウスの上から紺色のカーディガンを羽織り、黒いミモレ丈のスカートというものだった。

 対して博之はノーネクタイだがかっちりしたスーツ姿で、初めてきちんとした格好だったので驚いた。


「お前、そりゃメーカーに挨拶に行くのにチノパンはだめだろ」


 博之は笑って、スーツの尻ポケットをごそごそして出てきた何かの半券を渡してきた。


「着いてすぐにさ。二条城、行ってきたんだ」


 時代小説を好む博之は、京都の史跡を限られた時間とはいえいくつか見られて非常に満足そうだった。


「名古屋に行ったはずが、こんなん持ってたら大変だからさ」


 楽しげな博之から香るシャツの匂いで、霧子はこの二か月半の間のことに、いろいろな記憶を呼び起こされた。


「それから、お前が勧めてくれた和食の店で食ってさ」

「混んでた?」

「許容範囲だったし、ほんとに安くて旨かったよ。あとはね、本能寺もちらっと見たし。明日は帰る前にふたりで行きたい場所がひとつだけあるから、行こうな」

「なんだか、すごく楽しそうね。私がいなくても、一人でいいじゃない」


 軽く霧子が唇をとがらせると、鞄を持っていないほうの手で博之は背中を撫で上げた。


「ばーか。これからもっと楽しいことするんだよ」


 屈託なく笑う博之の顔を、目をそらすことなく見た霧子は背を這う手の平の感触にまた体の奥が疼きはじめた。
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