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埋み火
第3章 跳ね火
 気がつけば夕方になり、カーテンの隙間から覗く空はだいぶオレンジが藍に駆逐されている。

 いくら絶頂を迎えて相当な熱を帯びていても裸のままベッドに転がっていてはやがて寒さを覚えるので、いつものように、ただホテルの白いシーツではなく霧子の家のタオルケットにくるんでやろうとした。

 だがその前にベッドの下のティッシュを何枚かとって渡してやると霧子は起き上がり、自分の中から溢れてきた博之の精をぬぐった。


「きりはああいうふうにしたらイくんだ」

「どうかなぁ。でも、毎回おなじだったら私きっと慣れてしまってダメだと思うの。あなたが次は何をする、って順序がわかっちゃうと、変な確認作業になっちゃうの」

「お前、そんなに俺のこと観察してるの」


 うーん、と霧子は考えるしぐさをとる。


「そうね。もしひろのことを私くらいきちんと観察してくれてる人が身近にいたら、ひろは今も真面目に家族のことだけを考えながら仕事に行けてたんじゃないかしら」


 霧子が何を言わんとしているかはさすがに博之も察した。

 自分はそんな霧子の優しさをすすって生きていたのだ。


「でもさ、きり。俺のどこがいいの」

「教えないよ」

「……俺、いいとこないのかな」

「そんなことないわよ」


 何ひとつ霧子は博之の容姿などについて褒めない。

 もっとも、冷静に考えれば容姿だけでなく全部が褒められた立場ではないことは自分がよくわかっている。

 それでも根が単純な男としては、褒められないことが寂しいと訴えたことがあるが、逆に霧子に怒りをぶちまけられた。


『どんな気持ちで私があなたを選んだと思ってるの? 何も得られないのに一緒にいるのよ! もう少し私の立場になってからそういうことは言って!』


 最初は「霧子もやっぱり普通の女だ、ヒステリーを起こすのか」と思ったが、無粋なうえに貧乏でプレゼントひとつ寄越さない、どうしようもない妻子持ちの男との逢瀬を楽しみにしているのだから不憫でしかたない。


「そうだ」


 プレゼント、で博之は思い出した。
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