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埋み火
第3章 跳ね火
 日陰の身にして申し訳ない、という気持ちはつきあいはじめから博之の中にはずっとあった。

 しかし、安物の指輪を泣いて喜ぶほどのいじらしさを目の当たりにしてとうとうすべてを言わざるを得ないと思うと、情けなくて博之は涙が出た。


「いつも、思ってたんだ。お前みたいな優しい嫁さん、いたらなって。この先、お前と結婚できる男はどんだけ幸せだろうなって……」

「ひろ……」

「俺んち、お前が逃げてきたとこと一緒なの。俺は、田舎の長男坊だ。おまけに実家は農家」


 そう、と霧子は寝ころんだまま自分を優しく抱きしめて背中をさすってくれた。


「親族も意地悪いから、お前みたいなおとなしい女には無理だ。それに子供もまだ高校生だし、とてもお前を嫁にする資格なんて、ない。……それに、きっと一緒に暮らしたら、俺はお前に嫌われるよ」


 たまにしか会わず、一日十分の電話でも霧子とは喧嘩になる。

 そして家では妻に冷遇されているのだからわかる。

 自分はきっと結婚には向いておらず、女性をいらだたせやすいに違いない。


「私もよ」


 博之の両頬に手を添えると、霧子が涙を吸ってくれた。


「私もきっと細かくてうるさい女なんだわ。過保護な、どこかのお母さんみたいなおばさんなのよ。あなたといつも一緒にいたら、きっと重たい女だなって幻滅されるわ」

「そんなこと……ねえよ。俺が、俺は自分がいやになればなるほど、お前に甘えてる」


 霧子が、ずっと合わせていた目を逸らして、涙を目じりに滲ませた。


「好きなひとが、虐待されているのを黙って見ていて平気だと思うの? 私も、虐待されていた側なのよ」


 わかっていたのか。

 博之は申し訳ない気持ちになった。

 だいたい、妻に冷たい仕打ちを受けたら霧子に愚痴を言うようになった。

 昼食代をケチられる。

 床屋代もだ。

 電動シェーバーの替え刃も、十年ずっと使って剃れなくなっても買ってもらえない。

 いつも写真にうつる私服は同じシャツだ。

 自分の稼いだ金がいくら貯まっていて、どこに消えているのかもわからない。

 霧子に「それはおかしい」と指摘されるまで、何も疑問にも思わず「亭主とはこういうものなのだろう」と我慢していた。
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