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忘れられし花
第18章 花嵐
 しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した光をそっと抱き起こした奏は、いつもは自らの意思で常に固く閉ざしている目を、ぽっかりと開けていることに気づいた。美しいけれど、どこも見てはいない、虚ろな眼差し。
 奏は光の瞼を下ろそうと、手を伸ばしかけた。
 だが、少し遅かった。

「兄上、そのお目は……!」

 馨は息を飲んで光を凝視した。いつでも固く閉ざされていた光の目。光の目は、馨が見たこともない、綺麗な薄い水色をしていた。光の目は病のために閉ざされているのだろうと、馨は思っていた。だが本当は、この目の色を隠すために閉ざしていたのだろう。

「あ……」

 目を開けてしまっていることに気づいた光は、すぐに自ら瞼を下ろした。薄い水色の瞳は元通りに隠されて見えなくなる。開けていても閉じていても見えないことには変わりはないが、馨に瞳の色を知られるのは怖かった。他人と違う瞳の色に、嫌悪されるのが怖かった。

「申し訳ありません。お目汚しをいたしました……。どうか今見たものはお忘れください」

 目を閉じ、顔を背けた光の手を、馨は握った。光は握られた手を抜こうとしたが、馨は離さない。

「お目汚しだなんて言わないでください。こんなに美しい瞳を、忘れることなどできません。兄上の瞳はとても綺麗な瞳です。澄んだ湖のような美しい水色をしています。ずっと見ていたいくらい、美しい瞳です。兄上にふさわしい、美しい瞳です」
「いいえ。美しくなどありません。私は、心も体も、酷く醜い……」

 光が醜いなどと、奏も馨も思ったことは一度もない。どうして光が自分を醜いと思うのか、理由がわからなかった。

「お願いです。しばらく一人にしていただけませんか……」
「……わかりました。馨様、行きましょう」

 光の心は、瞳と同じように自らの意思で閉ざされようとしていた。
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