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忘れられし花
第2章 兄と弟
広大な敷地をひたすら走って、奏は鷹取家本館に辿り着いた。純和風の離れと異なり、本館は壮麗な洋風建築だった。本館はまだ混乱の最中にあるようで、奏は誰にも見咎められずに建物の中に入ることができた。
広々とした玄関ホールに安置された三つの棺の前に、黒い喪服姿の少年が憔悴した様子で座り込んでいた。この少年が馨だろう。お方様と面差しが非常によく似ている。
「馨様ですね」
「そうだ。お前は誰だ」
馨は覇気のない弱々しい目で、奏を見上げた。
「谷山奏と言います。奥庭の離れに行きましょう。僕についてきてください」
「あそこはお祖父様に立ち入りを禁じられている」
馨は座り込んだまま、腰を上げようとはしない。
「あのクソジジイはもういません。次の当主は馨様です。だから馨様が立ち入れない場所なんかこの屋敷にはもうどこにもないです。馨様も次期当主として知っていてください。クソジジイが犯した罪と、その結末を」
二人の声を聞きつけ、誰かがホールに入ってきた。服装からすると執事だろう。
馨はやって来た中年の執事を手だけで黙らせた。
「谷山と言ったな。お祖父様の罪とはどういうことだ」
馨の目は真剣だった。
幼くても、既に鷹取家当主らしい、強い意志の感じられる目をしていた。あのクソジジイより、馨の方がよほど当主に相応しい。
「あの離れには『お方様』と呼ばれる方がいらっしゃいます。クソジジイとその娘、つまり馨様のお祖父様とお母様との間に生まれた禁忌の子供です」
告げられたあまりにも衝撃的なその内容に、馨は声も出せずに固まった。呆然としたまま虚ろな眼差しで奏を見上げている。
「お方様はそのお生まれのため名前すら与えられず、生まれてから二十年間ずっとあの離れに隔離されてきました」
二十年前といえば馨が生まれる八年も前のことだ。当時馨の母親はまだ十二歳でしかなかった。わずか十二歳の実の娘を、前当主は犯したということになる。
馨は鋭く執事を振り返った。
「井上は知っていたのか」
「はい」
井上という名の執事は慇懃に一礼した。
「離れに行って、事実かどうかこの目で確かめる。いいな」
執事が深く一礼する横をすり抜け、二人は離れへと走り出した。
広々とした玄関ホールに安置された三つの棺の前に、黒い喪服姿の少年が憔悴した様子で座り込んでいた。この少年が馨だろう。お方様と面差しが非常によく似ている。
「馨様ですね」
「そうだ。お前は誰だ」
馨は覇気のない弱々しい目で、奏を見上げた。
「谷山奏と言います。奥庭の離れに行きましょう。僕についてきてください」
「あそこはお祖父様に立ち入りを禁じられている」
馨は座り込んだまま、腰を上げようとはしない。
「あのクソジジイはもういません。次の当主は馨様です。だから馨様が立ち入れない場所なんかこの屋敷にはもうどこにもないです。馨様も次期当主として知っていてください。クソジジイが犯した罪と、その結末を」
二人の声を聞きつけ、誰かがホールに入ってきた。服装からすると執事だろう。
馨はやって来た中年の執事を手だけで黙らせた。
「谷山と言ったな。お祖父様の罪とはどういうことだ」
馨の目は真剣だった。
幼くても、既に鷹取家当主らしい、強い意志の感じられる目をしていた。あのクソジジイより、馨の方がよほど当主に相応しい。
「あの離れには『お方様』と呼ばれる方がいらっしゃいます。クソジジイとその娘、つまり馨様のお祖父様とお母様との間に生まれた禁忌の子供です」
告げられたあまりにも衝撃的なその内容に、馨は声も出せずに固まった。呆然としたまま虚ろな眼差しで奏を見上げている。
「お方様はそのお生まれのため名前すら与えられず、生まれてから二十年間ずっとあの離れに隔離されてきました」
二十年前といえば馨が生まれる八年も前のことだ。当時馨の母親はまだ十二歳でしかなかった。わずか十二歳の実の娘を、前当主は犯したということになる。
馨は鋭く執事を振り返った。
「井上は知っていたのか」
「はい」
井上という名の執事は慇懃に一礼した。
「離れに行って、事実かどうかこの目で確かめる。いいな」
執事が深く一礼する横をすり抜け、二人は離れへと走り出した。