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忘れられし花
第2章 兄と弟
離れの一番奥の部屋には、中年の使用人にかしずかれ、美しい青年がその身を横たえていた。
馨は一目で青年が血の繋がった自分の兄であると確信した。
鷹取家直系特有の明るい色の髪をした兄は、馨の母に生き写しだった。
「谷山? どなたかいらっしゃるのですか? ここへはみだりに人を連れてきてはなりません」
馨は兄の目が見えないことを知った。兄の両目は、今も固く閉ざされたままだった。
「馨様です、お方様」
「谷山!」
松永が奏を叱責しようとするが、馨の来訪に驚いたお方様が苦しげに咳き込み始め、叱責は中断せざるを得なかった。松永と奏はお方様の背中を優しくさすったが、咳はいつもより長く続いた。
咳の治まったお方様は、松永に不自由な体を支えられながら、馨に向かって平伏した。
「谷山が大変失礼をいたしました。馨様にはお初にお目にかかります。名乗る名を持たぬことをお許しください。私は禁忌の子。この世に存在してはならない者です。どうか私のことは、お忘れくださいますよう」
途中何度も息を整え、ようやくそれだけ言い終えたお方様の体が大きく傾いだ。馨は倒れかかる兄の華奢な体を、腕を伸ばして受け止めた。腕の中で苦し気に浅い呼吸を繰り返す姿は非常に痛ましく、馨は兄の背をそっとさすった。
「ご無理をなさってはなりません。兄上を床へ」
馨は松永に命じると、その手をしっかりと握って「兄上」と呼んだ。
――両親と祖父は失ったけれど、自分にはまだ兄がいる。
馨は一人ぼっちになったのではなかった。
肉親を三人同時に失った馨に残されたのは、存在すら知らなかった異父兄だった。父娘という禁忌の交わりで生まれた兄は、その身にいくつもの重荷を生まれながらにして背負っていた。
馨は一目で青年が血の繋がった自分の兄であると確信した。
鷹取家直系特有の明るい色の髪をした兄は、馨の母に生き写しだった。
「谷山? どなたかいらっしゃるのですか? ここへはみだりに人を連れてきてはなりません」
馨は兄の目が見えないことを知った。兄の両目は、今も固く閉ざされたままだった。
「馨様です、お方様」
「谷山!」
松永が奏を叱責しようとするが、馨の来訪に驚いたお方様が苦しげに咳き込み始め、叱責は中断せざるを得なかった。松永と奏はお方様の背中を優しくさすったが、咳はいつもより長く続いた。
咳の治まったお方様は、松永に不自由な体を支えられながら、馨に向かって平伏した。
「谷山が大変失礼をいたしました。馨様にはお初にお目にかかります。名乗る名を持たぬことをお許しください。私は禁忌の子。この世に存在してはならない者です。どうか私のことは、お忘れくださいますよう」
途中何度も息を整え、ようやくそれだけ言い終えたお方様の体が大きく傾いだ。馨は倒れかかる兄の華奢な体を、腕を伸ばして受け止めた。腕の中で苦し気に浅い呼吸を繰り返す姿は非常に痛ましく、馨は兄の背をそっとさすった。
「ご無理をなさってはなりません。兄上を床へ」
馨は松永に命じると、その手をしっかりと握って「兄上」と呼んだ。
――両親と祖父は失ったけれど、自分にはまだ兄がいる。
馨は一人ぼっちになったのではなかった。
肉親を三人同時に失った馨に残されたのは、存在すら知らなかった異父兄だった。父娘という禁忌の交わりで生まれた兄は、その身にいくつもの重荷を生まれながらにして背負っていた。