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忘れられし花
第4章 松永
「松永!」

 井上と共に離れに戻ると、お方様は様子を見るため目の前に膝をついた井上に縋りついた。

「あっ、すみません、服に血が……!」
「お気になさらず」

 井上は「失礼を」と小さく呟き、我を失っているお方様の細い首筋に手刀を入れ、落としてしまった。そして鮮やかな手並みに感心している奏に、崩れ落ちたお方様を抱かせた。

「諸々の手配はこちらでいたします。兄上様のことをどうかよろしくお願いいたします」
「……はい。お手数をお掛けします」

 奏は井上に頭を下げた。

「いえ。近いうちにこうなることはわかっておりました。松永はここ数ヵ月、明らかに異常な痩せ方をしておりましたので。ただ、あまりにも時機が悪い」

 奏は鷹取家に来てから日が浅く、松永が急激に痩せていたことを知らなかった。松永は元々痩身なのだと思っていた。

「また明日お伺いします。今宵はお休みください」

 井上は一礼して本館に戻って行った。

 奏は厨房で大鍋と湯を借りてくると、血まみれの着物を脱がせ、お方様の体についた血を湯に浸した手拭いで丁寧に拭った。湯はたちまち真っ赤に染まった。

 昏々と眠るお方様の白い顔にそっと触れる。
 こんなに優しい方に、どうして神様は辛い運命ばかりをお与えになるのだろう。
 世の中が公平ではないことは、奏もとっくの昔に知ってはいたが、こんなのはあんまりだった。

 疲労と衝撃で限界に達していた奏の意識は、そこで途切れた。
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