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忘れられし花
第4章 松永
 しばらくして昨日の事後処理のため、井上が離れにやってきた。

「兄上様のご様子はいかがですか?」
「さっきからうなされていて、あまりよくありません」

 奏がお方様の眠る方に目を向けると、井上もつられて目を向けた。お方様はうわ言で松永の名を呼び続けていた。

「お辛いことが続いたのですから、無理もありません。……少し昔話をいたしましょうか」

 井上は静かに語り出した。

 井上の話は主に松永のことで、かなり長いものだった。
 松永と井上は鷹取家に仕える傍ら、同じ道場に通って腕を競っていたこと。忌み子であるお方様を離れに隔離し密かに養育するよう、当主に命ぜられたこと。そのため少し前に子を産んだ井上の妻の乳を貰いながら体の弱いお方様を必死に育ててきたこと。松永は一見無愛想に見えるが、お方様に対する愛情は、実の親以上に深いものであったこと。そして自らの死期を悟り、後を託せる世話係を探していたこと。

 静かな井上の語り口からは、友を亡くした深い悲しみが滲み出ていた。

 やがて奏と井上が無言で見つめる中、お方様がわずかに身じろぎした。

「お初にお目通りいたします。私は執事を務めさせていただいております、井上と申します」

 井上がお方様の顔を覗き込むようにして、話しかけた。そしてゆっくりと切り出した。

「松永の遺体を引き取りに伺いました。その前に、どうか最後のお別れをしてやってください」

 奏はそのために井上が、お方様の目覚めを待っていたのだと知った。
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