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忘れられし花
第4章 松永
「申し訳ありませんが、私を松永のところへ連れて行っていただけますか?」
「もちろんです」

 今までは足の不自由なお方様を抱えて歩くのは松永の役目だった。だが松永が亡くなり、それは奏の役目になった。奏はお方様を抱え、井上について歩き出した。お方様の体は小柄な奏でも易々と抱えられるほど軽かった。

 寝室は既に人手が入り、昨夜の惨状を微塵も窺わせなかった。壁は塗り替えられ、畳も新しいものに取り替えられている。部屋の中央には簡素な柩が置かれ、中には松永がまるで眠っているかのような姿で横たわっていた。

 お方様は長い間、松永の顔に愛おしむような優しい手つきで触れていた。

「こんなに痩せてしまっていたのですね。気づいてさしあげることができず、申し訳ありませんでした……。もし私の目が見えていたら、きっと気づいたはずです。松永が亡くなったのは、私のせいです」

 お方様はまるで泣きじゃくるかのように、細い肩を震わせていた。
 涙は流れていなかったから、泣いているわけではないと、そのときは思った。
 だがあとになって、お方様の目はどんなに悲しくても涙を流すことができないと知り、確かにあのときお方様は泣いていたのだと、奏は思った。

「兄上様のせいではありません。周囲の者は、皆松永の体の変化に気づいておりました。それでもこうして亡くなるまでどうすることもできなかったのです」

 井上が慰めの言葉をかけた。だがお方様は首を振る。

「では、私だけが気づいていなかったのですね。私は、気づかなければならかったのに。私は松永の主として失格です」
「松永は兄上様に気取られぬよう、細心の注意を払っておりました。主にここまで悲しんでいただけて、松永は本望だと思います。ご自分を責めてはなりません」

 井上は奏を振り返った。

「人を入れて柩を運び出します。そろそろ兄上様をお部屋へ」
「わかりました。お方様……」
「……松永をどうかよろしくお願いいたします」

 お方様は井上に深々と頭を下げた。
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