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忘れられし花
第4章 松永
奥部屋に戻ったお方様は、休ませようとした奏の手を拒否し、ゆっくりと話し始めた。その表情は夢見るように綺麗で優しい。
「生後すぐに両親に見放された私は、松永に育てられました。目が見えず歩くことも叶わない私に、松永は世界を教えてくれました」
世界、とお方様は言った。体の不自由なお方様の世界は松永が広げてきたのだ。お方様にとって松永は、この世の誰より大事な存在だったに違いない。松永を失ってどんなにか辛いだろう。お方様の胸の裡を思うと、奏でさえ胸が張り裂けそうになる。
「私は松永の異変に気づくことができませんでした。私は……私は……!」
お方様は縋りつくように奏をきつく抱き締めた。震える華奢な体から、お方様の苦しみが痛いほど伝わってくる。奏は抱き締められるまま、ただじっとしていた。
「僕も松永さんの様子に気づきませんでした。お方様だけじゃありません。僕では松永さんの代わりにはなれないかも知れませんけど、今度は僕がお方様をお守りします。僕は当分死ぬ予定はないので、お方様は何の心配もいりません」
奏は両腕をお方様の背中に回した。華奢な背中が一瞬だけびくついたが、すぐに力が抜けた。
「絶対です。私を置いて逝くことは許しません」
「はい」
そのまま抱き締めていると、ようやくお方様は安心したのか力尽きて眠ってしまった。
意外なほど安らかな寝顔に、奏はほっと息をついた。眠っている間のひとときだけでも、辛いことを忘れて心安らかに過ごして欲しかった。
「生後すぐに両親に見放された私は、松永に育てられました。目が見えず歩くことも叶わない私に、松永は世界を教えてくれました」
世界、とお方様は言った。体の不自由なお方様の世界は松永が広げてきたのだ。お方様にとって松永は、この世の誰より大事な存在だったに違いない。松永を失ってどんなにか辛いだろう。お方様の胸の裡を思うと、奏でさえ胸が張り裂けそうになる。
「私は松永の異変に気づくことができませんでした。私は……私は……!」
お方様は縋りつくように奏をきつく抱き締めた。震える華奢な体から、お方様の苦しみが痛いほど伝わってくる。奏は抱き締められるまま、ただじっとしていた。
「僕も松永さんの様子に気づきませんでした。お方様だけじゃありません。僕では松永さんの代わりにはなれないかも知れませんけど、今度は僕がお方様をお守りします。僕は当分死ぬ予定はないので、お方様は何の心配もいりません」
奏は両腕をお方様の背中に回した。華奢な背中が一瞬だけびくついたが、すぐに力が抜けた。
「絶対です。私を置いて逝くことは許しません」
「はい」
そのまま抱き締めていると、ようやくお方様は安心したのか力尽きて眠ってしまった。
意外なほど安らかな寝顔に、奏はほっと息をついた。眠っている間のひとときだけでも、辛いことを忘れて心安らかに過ごして欲しかった。