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忘れられし花
第4章 松永
 松永を失ったお方様は、夜になると精神的に不安定な言動を見せるようになった。

 しきりに奏を傍に置きたがり、離そうとしない。優しく抱き締めると一旦は落ち着くものの、しばらくするとまたすぐに呼ばれてしまう。これが幾度となく繰り返されるのだった。

「どうしたらいいでしょう」

 途方に暮れた奏は、再び離れを訪れた井上に、お方様の様子を相談した。

「兄上様はお強い方だと伺っております。きっとご自身の力で、深い悲しみから立ち直ることでしょう。ですが、今は望まれるだけそばにいてさしあげてください。そして、落ち着かれるまで隣で眠った方がいいでしょう。夜は人を不安にさせるものですから」
「目が見えなくてもですか?」

 目の見えないお方様に昼夜は関係がないと、奏は思っていた。

「はい。周囲の様子が昼と夜では明らかに変化します。お目がご不自由だからこそ、普通の者より夜の気配に敏感に反応されてしまわれているのだと思います」

 井上の指摘に、奏は納得した。
 光を感じる事すらできないはずのお方様は、昼と夜を一度も間違えたことがないからだ。

「わかりました。ありがとうございます」

 夜、お方様の隣に布団を敷くと、お方様は明らかな安堵の表情を見せた。やはり不安だったのだろう。

「お方様を決して一人にはしません。僕がずっと傍でお方様をお守りします。だから安心して休んでください」
「私は、あなたにご迷惑をかけてばかりですね。不甲斐ない主で申し訳ありません……」

 俯き肩を震わせるお方様の体を、奏はそっと抱き締めた。

「ちっとも迷惑なんかじゃありません。お方様をお守りすること以上に大切なことなんか、僕にはないんですから」

 奏より五つ年上のお方様だが、松永が亡くなった今、奏が守らなければお方様は儚く消えてしまうような気がしていた。
 度重なる凶事に傷ついた、誰よりも優しくて繊細なお方様を、奏は何があっても守りたかった。
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