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忘れられし花
第4章 松永
「谷山にお願いがあります」
「何でしょうか」

 ある晩、お方様は隣で寝仕度を整えていた奏に声をかけた。お方様は若干緊張しているように見受けられた。

「もしあなたさえよろしければ、これからも私の隣で眠ってはいただけないでしょうか」

 お方様は使用人でしかない奏に対して、丁寧に頭を下げた。

「頭を上げてください。一緒に寝るのはむしろ僕の方からお願いしたいです。お方様の隣で眠っていれば、もし具合が悪くなったりしたときも、すぐにわかりますから」

 お方様は夜中に激しい咳の発作を起こしたり、熱が急激に上がったりすることも頻繁だった。隣にいれば、すぐにお方様の体調の変化に対応することができる。

「……松永が亡くなったばかりだというのに、私はとても楽しかった。あなたと枕を並べて話をしたり、私が夜中に目覚めたときも、あなたが隣にいて嬉しかった。誰かと一緒に眠ることがこんなにも幸せなのだと、初めて知りました」

 堅物の松永は、たとえ幼い子供だとしても主と布団を並べて眠るような性格ではない。お方様は生まれて二十年間この広く物音ひとつしない寝室で、たった一人で眠っていたのだろう。お方様はきっと、寂しかったに違いない。

「僕もです。毎晩こうしてお方様と一緒に眠るのは、僕も嬉しくて楽しいんです」

 これからは奏がずっとお方様の傍で眠るのだ。お方様にはもう、一人寝の寂しい思いはさせない。
 奏はお方様の細い頤に手をかけて上向かせた。そっと柔らかな唇に触れると、お方様はすぐに察して優しく微笑んだ。
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