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忘れられし花
第5章 瞳の色
「あなたの顔に触れても構いませんか?」
奏が唇を離すと、お方様は遠慮がちに奏に願った。
「もちろんです」
思い返せば鷹取家へ来て以来、目の見えないお方様が奏の顔に触れたことは、今まで一度もなかった。
「ありがとうございます。お嫌でしたら言ってください」
探るように動かされたお方様の細い指が、奏の額に当たった。そのままゆるゆると動いて髪に触れる。
「髪がくるくるしていますね」
お方様は不思議そうに、何度も奏の髪を撫でている。
「癖毛ですから」
「……怒ったのですか?」
お方様は盲目のせいか、声に含まれる感情にとても敏感だった。ちょっぴり拗ねた感情もあっさり抜き取られてしまう。
「いいえ。ただ、毎朝寝癖を直すのが大変なので、自分の髪はあまり好きではありません。お方様みたいな癖のない髪が羨ましいです」
奏は正直に答えた。
お方様の淡い栗色の髪は、全く癖のない見事な直毛だった。このまま長く伸ばしたらどんなにか美しいことだろう。綺麗な顔立ちのお方様には、きっと長い髪も似合うに違いない。
「そうなのですか? 私は谷山の髪が好きです。ふわふわしていて触り心地がいいですから」
お方様はにこりと笑って、奏の頭をぽふぽふと叩く。そのたびに癖毛が弾んでお方様の手を押し返した。感触を確かめるお方様の顔は、とても楽しそうだ。
その後輪郭をなぞるようにゆっくりと動いていたお方様の指先が、奏の目に入りかけた。
「あっ」
奏が思わず声を上げると、お方様は慌てて指を引いた。
「大丈夫ですか? 目はしっかりと閉じていてください。私には目が閉じているかどうかがわからないので、開けていては指が入ってしまいます。初めに言わなかった私の落ち度です。申し訳ありません」
「大丈夫です。指が目の近くに来てちょっと驚いただけです」
「いいえ。私のわがままであなたに怖い思いをさせました。本当に申し訳ありません」
お方様は深く頭を下げ、奏が何度大丈夫だと言っても、決して奏の顔に手を伸ばそうとはしなかった。
奏が唇を離すと、お方様は遠慮がちに奏に願った。
「もちろんです」
思い返せば鷹取家へ来て以来、目の見えないお方様が奏の顔に触れたことは、今まで一度もなかった。
「ありがとうございます。お嫌でしたら言ってください」
探るように動かされたお方様の細い指が、奏の額に当たった。そのままゆるゆると動いて髪に触れる。
「髪がくるくるしていますね」
お方様は不思議そうに、何度も奏の髪を撫でている。
「癖毛ですから」
「……怒ったのですか?」
お方様は盲目のせいか、声に含まれる感情にとても敏感だった。ちょっぴり拗ねた感情もあっさり抜き取られてしまう。
「いいえ。ただ、毎朝寝癖を直すのが大変なので、自分の髪はあまり好きではありません。お方様みたいな癖のない髪が羨ましいです」
奏は正直に答えた。
お方様の淡い栗色の髪は、全く癖のない見事な直毛だった。このまま長く伸ばしたらどんなにか美しいことだろう。綺麗な顔立ちのお方様には、きっと長い髪も似合うに違いない。
「そうなのですか? 私は谷山の髪が好きです。ふわふわしていて触り心地がいいですから」
お方様はにこりと笑って、奏の頭をぽふぽふと叩く。そのたびに癖毛が弾んでお方様の手を押し返した。感触を確かめるお方様の顔は、とても楽しそうだ。
その後輪郭をなぞるようにゆっくりと動いていたお方様の指先が、奏の目に入りかけた。
「あっ」
奏が思わず声を上げると、お方様は慌てて指を引いた。
「大丈夫ですか? 目はしっかりと閉じていてください。私には目が閉じているかどうかがわからないので、開けていては指が入ってしまいます。初めに言わなかった私の落ち度です。申し訳ありません」
「大丈夫です。指が目の近くに来てちょっと驚いただけです」
「いいえ。私のわがままであなたに怖い思いをさせました。本当に申し訳ありません」
お方様は深く頭を下げ、奏が何度大丈夫だと言っても、決して奏の顔に手を伸ばそうとはしなかった。