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忘れられし花
第1章 序
「こちらへ」

 盲目の青年は奏のいる方角に顔を向けた。奏はずっと無言だったのだが、気配を察したらしかった。青年は優しい顔立ちに相応しい、落ち着いた穏やかな声をしていた。

 奏は松永に教わった通りに言上した。だが言上は途中で遮られた。

「なぜ若い者を雇ったのですか。すぐに下がらせなさい。……ぐっ」

 青年は強い口調で松永を叱責すると体を折り曲げ、激しく咳き込み始めた。華奢な背中が苦しげに上下する。奏は思わず腰を浮かせかけたが、松永に目で制止された。松永が慣れた手つきで青年の背中をさする。しばらくしてようやく咳が治まった青年を、松永はそっと布団に寝かせた。

「……お見苦しいところを、お目にかけました。あなたのようなお若い方が、この離れにいてはいけません」

 青年は苦しい息の下から再び奏を拒絶した。何か事情があるように、奏には思えた。

「案ずることはございません。この者ならば、きっとお方様のお役に立ちましょう」

 松永の言葉に奏は首をかしげた。男娼だった奏が役に立つとすれば、閨事しか考えられない。やはり松永は奏を、この儚げで美しい青年と閨事をさせるために買ったということだろうか。

「下がりなさい」

 静かだがにべもない青年の言葉に、松永は奏を促し、青年の前から退出した。
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