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忘れられし花
第6章 心の光
「いらせられませ、当主様」

 お方様は奏に体を支えられながら平伏し、馨を迎えた。馨は先日、正式に鷹取家当主の座に就いていた。

「兄上!」

 馨は慌てて兄の正面に膝をついた。長らく体調を崩し、最近ようやく起き上がれるようになったばかりだと、奏から聞いていた。

「私のことはこれまで同様、馨とお呼びください。平伏も不要です。兄上は、私のたった一人の兄なのですから」

 だが兄は静かに首を振った。

「私のような者が当主様のお名前を呼ぶなど、畏れ多いことです。鷹取家の当主であられる馨様と忌み子である私では、身分が違うのです」

 馨は他人行儀に振る舞う兄に、顔を曇らせた。幼子を諭すように、お方様を諭す。

「お祖父様のなされたことは忌むべきことです。ですが、生まれてきた子供まで忌むことはないのです。私たちは母を同じくする者同士ではありませんか」

 馨は兄と普通の兄弟のように親しくなりたかった。兄はどこまでも優しくて綺麗で、そしていい匂いがした。だが兄は馨のことを弟としては扱ってはくれなかった。あくまで鷹取家当主として他人行儀な態度を崩さない。

「いいえ。私の存在自体が罪なのです。その証拠に、私の体は罪を背負って生まれてきたのです。生きている限り、私は自らの体で、罪を償わねばなりません」

 たった一人で父親の犯した罪を背負い、二十年間苦しみ続けてきた兄。馨は兄を救いたかった。

「兄上がお祖父様の罪を背負われるというのなら、私はお祖父様の罪を、兄上ごと背負ってみせましょう。それがお祖父様から鷹取家当主を継いだ私の役目です」

 馨は毅然と頭を上げた。馨は幼いながらも鷹取家当主なのだ。兄にだけ前当主の罪を背負わせる訳にはいかない。
 お方様は馨の言葉を聞き、嗚咽するように体を震わせた。
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