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忘れられし花
第6章 心の光
「谷山。紙と筆を」
「突然どうしたんですか」
「早くしろ」

 奏から紙と筆を受け取った馨は、一息に文字を書き上げた。

「光」

 奏は目の見えないお方様のために、文字を読み上げた。
 紙にはたったそれだけが書かれていた。

「『ひかり』ではない。『こう』と読む」

 馨は几帳面に訂正した。単なる読み方の違いではないだろうか。

「これは以前差し上げると約束した、兄上の名だ」
「何で光……」

 奏は疑問を口にしかけ、慌てて口を噤んだ。お方様に失礼なことを言ってしまうところだった。

「いいのです、谷山」

 お方様は静かに微笑んだ。

「当主様。私は光を感じることもできぬ盲しいた身。それなのになぜ『光』なのでしょう」

 お方様は全く目が見えない。そのお方様に何故「光」と名付けようとするのか。奏でなくとも誰しもが思い浮かべる当然の疑問だった。

「たとえ目が見えなくとも、兄上は『光』だからです」

 馨は断言し、言葉を続けた。

「『光』とは、目に見える光だけを指すのではありません。この世に存在する、すべての気高く暖かいものは『光』なのです。たとえ目が見えずとも、兄上のお心には『光』があります。兄上はその心の光で、私や谷山を照らしてくださっているのです」

 心の光

 奏は馨がわざわざこの字を選んだ理由に納得した。そしてお方様に相応しい名前だと思った。
 お方様に光は見えないけれど、心の中には誰よりも強く輝く光を持っていた。
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