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忘れられし花
第7章 願い
「特に問題がなければこの車椅子は置いて帰りますので、兄上が外へお出になる際にご自由にお使いください」
だが、光は首を振った。
「お心遣いはありがたくお受けします。ですが私は鷹取家に存在しない人間です。離れの外になど出ることなどあってはならないと、前当主様より固く命じられております」
祖父は亡くなって後も、未だに兄を縛り続けている。祖父の呪縛から兄を解き放つことができるのは馨だけだった。
馨は光の傍らに膝をつき、手を握って俯けている顔を覗き込んだ。
「お祖父様の命令は、現当主である私が撤回します。この離れの周囲には近づかぬよう、改めて私から命じてありますので、どうか体の許す日には谷山と外へお出になってください」
光は俯いたまま動かなかった。
馨は勢いよく立ち上がった。
「今日はこれで帰ります。井上、戻るぞ」
「はい。では失礼いたします」
井上は一礼し、馨について歩き出した。
「……あの、井上さん」
光が躊躇いがちに井上を呼び止めた。
「どうか井上とお呼びください」
井上は体ごと光に向き直った。
歩き出していた馨も戻ってくる。
「お引き止めしてしまい申し訳ありません。外へ出ることをお許しいただけるのなら、どうしても行きたい場所があるのです」
「私が案内できる場所ならばどこへでも」
奏は首を傾げた。外に出たことのない光がどうしても行きたい場所というのは、一体どこだろう。
「松永の墓です」
病のため春に亡くなった松永は、光を生まれたときから見守ってきた世話係だった。今まで墓参りをしたいと思っていても、それは叶わぬ願いだった。遺体は鷹取家の敷地内にある共同墓地に葬られたことは聞いているが、墓の場所は奏も知らなかった。
「松永の墓までは、ここからですとかなりの距離を移動していただくことになります。まだ日も高く、光様がお出掛けされるには少々差し障りがございましょう」
井上は優しく光を気遣った。
「私なら大丈夫です。ですから、どうか……」
光は必死だった。
井上は馨が頷くのを確認すると、目の見えない光に対して律儀に一礼した。
「かしこまりました。こちらです」
奏は光の車椅子を押し、井上について歩き出した。
だが、光は首を振った。
「お心遣いはありがたくお受けします。ですが私は鷹取家に存在しない人間です。離れの外になど出ることなどあってはならないと、前当主様より固く命じられております」
祖父は亡くなって後も、未だに兄を縛り続けている。祖父の呪縛から兄を解き放つことができるのは馨だけだった。
馨は光の傍らに膝をつき、手を握って俯けている顔を覗き込んだ。
「お祖父様の命令は、現当主である私が撤回します。この離れの周囲には近づかぬよう、改めて私から命じてありますので、どうか体の許す日には谷山と外へお出になってください」
光は俯いたまま動かなかった。
馨は勢いよく立ち上がった。
「今日はこれで帰ります。井上、戻るぞ」
「はい。では失礼いたします」
井上は一礼し、馨について歩き出した。
「……あの、井上さん」
光が躊躇いがちに井上を呼び止めた。
「どうか井上とお呼びください」
井上は体ごと光に向き直った。
歩き出していた馨も戻ってくる。
「お引き止めしてしまい申し訳ありません。外へ出ることをお許しいただけるのなら、どうしても行きたい場所があるのです」
「私が案内できる場所ならばどこへでも」
奏は首を傾げた。外に出たことのない光がどうしても行きたい場所というのは、一体どこだろう。
「松永の墓です」
病のため春に亡くなった松永は、光を生まれたときから見守ってきた世話係だった。今まで墓参りをしたいと思っていても、それは叶わぬ願いだった。遺体は鷹取家の敷地内にある共同墓地に葬られたことは聞いているが、墓の場所は奏も知らなかった。
「松永の墓までは、ここからですとかなりの距離を移動していただくことになります。まだ日も高く、光様がお出掛けされるには少々差し障りがございましょう」
井上は優しく光を気遣った。
「私なら大丈夫です。ですから、どうか……」
光は必死だった。
井上は馨が頷くのを確認すると、目の見えない光に対して律儀に一礼した。
「かしこまりました。こちらです」
奏は光の車椅子を押し、井上について歩き出した。