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忘れられし花
第7章 願い
 離れの周囲は鬱蒼としたした林になっており、外側からは建物内部の様子を窺うことはできない造りになっている。車椅子を押して林を抜けると太陽を遮るものがなくなり、強烈な日差しと熱気が奏たちを襲った。

「光様。辛ければいつでも言ってください。休めそうなところへお連れします」

 強い日差しから目を守るため、奏は薄手の布を光に被せた。焼けつくような日差しの下移動するのは、体の弱い光には辛いはずだ。

「ありがとうございます。谷山は大丈夫ですか?」
「僕ですか?」

 光は奏を案じている風だが、奏が心配される理由はどこにもない気がする。

「はい。暑い中、車椅子を押して歩くのは大変ではありませんか?」
「大丈夫です。普通に歩くのと大差ないです」

 車椅子の仕組みはよくわからないが、光を乗せていても、わずかな力だけで車椅子は非常に滑らかに動いた。

「そうですか。車椅子というものは大層便利なものですね。これならば私も谷山にそれほど負担をかけずに移動することができそうです。人一人を抱えて歩くのは、とても大変なことですから」

 光は薄布の陰から俯きがちに微笑んだ。
 歳の割に小柄な奏には、いくら華奢とはいえ大人の光を抱えて歩くのは確かに少し大変だった。優しい光は奏に負担がかかることを気にしていたに違いない。

「光様が僕に気兼ねする必要なんか全然ないです。あと何年かしたらきっと、筋骨隆々になって見せますから」
「井上みたいにか? どう考えてもお前には無理だろう」

 光の気持ちを軽くしようと叩いた軽口に、それと察した馨が乗ってきた。それにしても井上というのは、まさか目の前にいる執事の井上のことだろうか。全然そんな風には見えない。

「え? 井上さん?」

 井上は馨の視線を受けて立ち止まり、上着を脱いだ。

 井上の体は白いシャツの上からでもわかるくらい、本当に筋骨隆々だった。光も屈んだ井上の体をあちこち触り、驚いていた。
 上着を着ているときは全くわからなかったので、おそらく着痩せして見える質なのだろう。
 井上は元通り上着を着ると、再び歩き出した。真夏に上着など見ている奏のほうが暑いが、井上は一向に意に介する様子はなかった。
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