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忘れられし花
第8章 悪夢の再来
 眠る光を見つめながら、奏は己の不甲斐なさに涙を流した。
 奏は光を守れなかった。

 以前、光が前当主に辱しめを受けたとき「次こそは必ず光を守る」と誓ったのに。逆に光に守られるばかりだ。

「谷山……」

 光が小さく奏の名を呼んだ。
 奏はいつものように光の手を握ったが、光は自分から奏の手を解いてしまった。そして奏の制止にもかかわらず無理矢理起き上がると、消え入りそうな声で呟いた。

「あなたには、お恥ずかしいところを見せてしまいました……」
「え?」

 裸を見たことを言っているのだろうか。
 しかし、そんなものといっては失礼だが、光の裸は着替えや入浴の手伝いのときに毎回見ている。今さら恥ずかしがるようなことではないはずだ。それを言ったら、まんまと元久に縛られて見ているだけで何もできなかった奏の方が、光よりずっと恥ずかしいのではないだろうか。

「谷山は見ていたのでしょう? 事の一部始終を。叔父上に触れられ、意思に反して反応してしまう自分の体が、汚らわしく厭わしいのです」
「いいじゃないですか。人間なんですから」

 光は驚いたように顔を上げた。

「人間なんですから、誰でも触られたら気持ちよくなって当たり前です。僕なんか、何人とそういうことをしたのかわからないです。汚れっぷりなら光様とは比べ物になりません」

 男娼というのはそれが商売だ。奏は男同士の性行為に対して、罪悪感などは全くない。売る人間がいて、買う人間がいる。ただそれだけの話だ。

「私のことを汚らわしいとは思わないのですか?」

 奏は光の根深い自己否定の一端を垣間見た気がした。きっと光は、誰に触れられても反応してしまう、そんな自分が許せないのだろう。

「思いません。光様は綺麗です。僕なんかよりずっと」

 それは奏の本心だった。奏が思わず見惚れてしまうほど、透明で綺麗な容姿をしている光。だが、その心はそれ以上に綺麗だった。馨が目の見えない光に『光』の名をつけるほどに。

 光は、ただ黙って座っていた。
 奏も黙って光の傍に座っていた。

 世界は嘘みたいに静かだった。
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