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忘れられし花
第9章 悪夢を越えて
「春を売るというのは、お金を払った客とその場限りの性的関係を持つことです」

 光は奏の解説を興味深そうに聞いていた。

「そして男娼というのは、春を売ることを商売にしている男のことです。春を買う客は男性ですから、必然的に男同士で性行為をすることになります」

 この国では古くから男色の文化がある。女妾に対して男妾という制度もあるくらいだ。男同士の情事も、特に珍しいものではない。

 男娼になるのはほとんどが口減らしのために売られた子供であり、奏も両親に売られて男娼になったのだと言うと、光はまるで自分が売られたかのように悲しげに俯いた。

「谷山が望むなら、私の世話などやめて、ご両親の元へ帰っても構いません」
「いいえ、帰りません。今ここで光様のために働かせてもらって、僕はとても幸せです」

 両親のことなど、ここ何年も思い出しすらしていなかった。奏が売られてからも凶作が続いたこともあり、もしかしたらもう生きていないかもしれないとも思う。ただひたすらにひもじく、苦しかったあの頃のことは、今の奏には朧気にしか思い出せなかった。

「それに僕がいなくなったら、光様が寂しいでしょう?」

 冗談めかした問いかけは、まっすぐに奏に跳ね返ってきた。

「それで谷山が幸せになれるのなら、私は……」

 まわりの人たちのためなら、自分はどんなに辛くても苦しくても我慢して。そうやって我慢ばかりしてきた優しい光を、奏が置いて行ける訳がない。

「大丈夫です。僕は絶対に光様を置いて行ったりはしません」

奏は光をその場に押し倒した。
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