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忘れられし花
第9章 悪夢を越えて
「谷山?」

 押し倒され、周りの様子を探ろうと伸ばされた光の手が奏の顔に触れ、光は慌てたように手を引いた。

「申し訳ありません。大丈夫でしたか? 指が目に入りませんでしたか?」

 指がほんの少し触れただけなのに、光は激しくうろたえている。

「大丈夫です。普通は指が入りそうになったら目が自然に閉じるので、滅多に入りません。入ったところで、多少指が入った程度では何ともありません」
「本当に?」

 光の心配の仕方は尋常ではなかった。何故そこまで心配するのか気になって聞いてみたところ、返ってきたのは予想外の答えだった。

「指が目に入ったら失明することもあると、以前松永が言っておりました」
 おそらく松永は、何かの際光に少し注意をしたのだと思う。だが、松永にそう言われたら光は信じてしまうに決まっている。思慮深い松永にしては随分と軽率な注意の仕方だった。

「大丈夫です! 僕は十五年生きて、指で失明した話は一度も聞いたことありません」
「本当に?」

 何度も繰り返し奏に確認する光。

 ここまで恐れるのは、多分、目が見えないことの辛さを光自身が一番よく知っているから。
 誰かの目が自分みたいに見えなくなってはいけない。
 ずっとそれだけを心配し続けていたのだろう。

「本当です」

 奏の言葉に、光はようやく少しだけ笑った。
 目が見えない光には、触らなければ何もわからない。それなのに触ることをあんなにも恐れていたのはそんな理由だったのだと、ようやくわかった。
 そして光の優しさの訳も。
 きっと光は誰よりも苦しみを知る分、誰よりも優しいのだ。その優しさが奏は哀しかった。
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