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忘れられし花
第10章 贈り物
 初霜の下りた寒さ厳しい早朝、馨が久々に離れを訪れた。鷹取家当主となった馨は非常に忙しく、このところ離れに姿を見せなかった。

「兄上。いきなりで申し訳ありませんが、買い物をしたいので谷山を半日ほどお借りしてもよろしいでしょうか」

 奏は首を傾げた。供が欲しいなら本館の誰かを連れて行けばいい。何故光の世話係である奏が、馨の買い物に付き合わなければならないのか。

「事前に連絡も入れず突然離れに来たと思ったら、一体何を訳のわからないことを言ってるんですか。僕は行きませんから」
「お前には聞いていない。兄上に聞いているんだ」

 馨は奏を睨みつけ、光の傍に寄った。

「わかりました。奏をよろしくお願いいたします」

 光は「行かない」という奏の言葉を無視して、勝手に承諾してしまった。奏は盛大に溜め息をついた。

「光様。勝手に僕のことを馨様なんかに貸し出さないでください。しかもよろしくされるのは僕の方ですから。半日も馨様のお守りをしなきゃいけないんですからね」
「何だと!」
「本当のことじゃないですか」

 奏と馨は正面から睨みあった。身分の違いがなかったら、奏は舌を出していたかもしれない。

「申し訳ありません。あなたにはずっとお休みを差しあげていませんでしたので、気晴らしになればと思いました。それにしてもお二人は随分と仲良くなったんですね」

 光はにこにこと楽しそうに奏と馨のやり取りを聞いていた。この会話のどこをどう解釈すれば仲がいいと思えるのだろう。光の考えることはよくわからない。

「仲良くなった覚えはありませんが、そうと決まればさっさとでかけましょう。光様を長時間お一人にするわけにはいきません」

 奏は立ち上がった。出かけなくてはならないのであれば、早く行って早く帰ってくればいい。

「心配するな。兄上の傍には井上を置いていく。お前より余程役立つはずだ」

 馨に影のように付き従っていた井上が光の傍らに膝をついた。

「井上。兄上を頼んだぞ」
「なるべく早く戻りますから」

 畏まる井上と優しく頷く光を置いて、奏は馨に離れから連れ出されたのだった。
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