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忘れられし花
第1章 序
「当主様。仰せの通り下働きなど身分賤しき者。当主様御自らお手をつける価値はございませぬ」

 お方様が平伏したまま、当主に告げる。

「ふむ。ならばお前が今宵の伽をせよ」

 当主は奏にしたように、杖でお方様の顎を持ち上げた。下卑た笑みを浮かべ、お方様を見下ろしている。お方様は当主の直系ではなかったのか。身内のお方様に対して、まるで欲情しているかのような笑みは一体何なのだろう。しかも体が不自由なお方様に伽をさせるなど、この当主は頭がおかしいに違いない。

「かしこまりました」

 だがお方様はおっとりと柔らかい微笑みを浮かべ、当主の要求を受け入れた。そして松永に抱えられ、当主と一緒に消えていった。

 しばらくして松永が一人で戻ってきた。

「裏門を開けておいた。この屋敷を出てどこへなりと行くがいい」
「え?」

 いきなり言われても、奏にはまるで事情が飲み込めない。

「当主様が新入りのお前に目をつけることは、初めからわかっていた。だがお前は若い。若い者に当主様の伽をさせるには忍びないと、お方様は仰せなのだ」
「でも僕を買ったお金は……?」

 奏を身請けするために、かなりの金額を男娼館に支払ったはずだった。

「金の件は気にしなくていい。そして、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたと、お方様からのお言付けだ」

 松永と裏門に向かう途中、通りすがった部屋から狂ったような当主の声が漏れ聞こえ、奏は思わず立ち止まった。

「ふははは。お前はあれによう似ておるわ」
「……う」

 杖で打つ音と、押し殺したお方様の声。

「あれと同じ顔をするでない! お前などこうしてやるわ!」

 奏は寝室の中で何が行われているかすぐに察した。

「これ……」

 松永は頷き、悲しげに目を伏せて奏の背中を押した。

「さあ、早く」
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