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忘れられし花
第12章 私を泣かせてください
 青年が意識を取り戻したと高坂から報告を受けた貴雅は、再び客間へと足を向けた。貴雅が扉のすぐ傍まで近づくと、中から優しい歌声が聴こえてきた。

 曲は歌劇「リナルド」の中の有名なアリア「私を泣かせてください」だった。貴雅は攫われてきた身でありながら暢気に歌う青年に呆れつつ、扉を開けた。
 扉の開く音で来訪者に気づいたのだろう。青年は歌うのを止め、ベッドに体を起こしていた。だが青年の目は固く閉じられ、水色の目は見えない。高坂の予想通り、青年は盲目だった。

「お前の名はなんという」
「私は鷹取光と申します。失礼ですがあなたは? そしてここはどこでしょうか」

 貴雅がベッドサイドの椅子に腰を下ろして問いかけると、青年は呆気ないほど素直に名乗った。無邪気に貴雅に誰何を問いかける。

「私は鷲尾貴雅。ここは私の家だ」
「そうですか。では貴雅様は私に一体何のご用でしょうか」

 鷲尾の名を聞いても、鷹取光と名乗った青年には、全く警戒する様子が見られない。微笑さえ浮かべた、そのあまりにおっとりと浮き世離れした物腰に、調子が狂いそうになる。

「鷲尾を知らないのか? 鷹取の者ならば、鷲尾の名を聞いたことぐらいはあるだろう」

 鷹取家と長きにわたって対立関係にある家。
 それが鷲尾家だった。

「申し訳ありません。私は鷹取の家から出たことがなく、世情に疎いものですから」
「お前が忌み子だからか」
「はい。私の生まれをご存じなのですね」

 光は頷き、静かに微笑んだ。

 やはり高坂の推測は正しかった。
 直系女子の極端に少ない男系の鷹取家において、両親を推測するのは容易いことだった。
 前当主鷹取克久とその娘、菊子。二人の子で間違いない。
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