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忘れられし花
第16章 取引
「私が鷹取馨だ。まずは兄の無事を確かめさせてもらう」
「かしこまりました」

 高坂は光のいる客間に馨らを案内した。

 客間に据えられた暖炉には火が入れられ、部屋は心地よく暖められていた。

「兄上!」
「光様!」

 奏と馨は、二間続きの客間の奥、寝室のベッドに横になっている光を見つけ、駆け寄った。

「馨様……? 奏……?」

 ゆっくりとベッドに体を起こした光の手を、奏と馨は片方ずつ握った。
 柔らかくて暖かくて細い、光の手。
 やっと、会えた。

「兄上! ご無事ですか?」
「はい。この度は私のせいで馨様にはご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありません」

 馨に対して頭を下げる光は特にやつれた印象もなく、鷹取家にいた頃と変わらないように見えた。

「兄上が謝る必要はありません。今回の件に関する非は、すべて兄上をさらった鷲尾家にあります。謝るべきは鷲尾家の方です」

 馨の言葉に、光はなぜか悲しげに俯いた。

「鷲尾家の方々には、今日までとても良くしていただきました。どうか、咎め立てさらないでいただきたいのです」
「それはできません。兄上を拐かしたこと自体が、罪なのですから」
「……馨様」

 光が馨の名を呼んだ。光の声はいつでも柔らかく響き、決して馨を責めない。

「私も取引の場に、同席させていただいてもよろしいでしょうか」

 予想外の申し出に馨は驚いた。馨の予定では、光の身柄を世話係の奏に預け、鷲尾家との取引は、当主の貴雅と一対一で行うつもりでいたのだ。

「両家の取引に口を出せる立場にないのは、重々承知しております。ですが当事者の一人として、取引の経緯を知りたいのです」
「わかりました。兄上がそう望まれるのなら。鷲尾に否やは言わせません。いいな?」
「かしこまりました。光様はこのままこの部屋においでいただく方がよろしいでしょう。主の鷲尾貴雅をここへ呼んでくるということでよろしいでしょうか」
「構わない」
「では、しばらくお待ちください」

 高坂は一礼し、客間を出ていった。
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