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忘れられし花
第16章 取引
「馨様や奏にご心配をおかけしていると知りながらも、私は楽しかった。生まれて初めて鷹取家の屋敷から出て、生まれて初めて使用人以外の他人と言葉を交わしたのですから」
生まれて二十年、ずっと光は鷹取家の離れで人目を避けながら暮らしていた。身の回りには極少数の使用人だけ。奏が来るまでは、年の近い人間は一人もいなかったと聞いている。一体どんな思いで毎日を過ごしていたのだろう。
「そして鷲尾家の皆様は、このような私と快く友達になってくださいました」
「友達?」
「はい。私の生まれて初めての、そしておそらく最後の友達です」
光は静かに微笑んだ。今まで同様、そしてこれからも、鷹取家に軟禁される身であると、光はこの場にいる誰よりも理解していた。
「兄上……」
馨は鷲尾家の人間と友達などとんでもないと言いたかった。だが、光の孤独な心を慮ると、馨には言えなかった。光の傍らに奏はいるが、逆に言うと奏しかいないとも言える。しかも奏は鷹取家の使用人にすぎない。そして馨はといえば光の異父弟だ。「友達」が欲しいと願う光に、馨は何もできないのだ。
「兄上、もうここに用はありません。早く帰りましょう」
「わかりました。申し訳ありませんが少しだけお時間をいただけますか?」
「どうかなさいましたか?」
光は微笑むと、貴雅を呼んだ。
「貴雅様」
「何だ」
「お別れのご挨拶をしたいので、貴晴様を呼んでいただけますか?」
高坂に連れられ、慌てた様子で貴晴がやってきた。
「光様! もう帰られてしまうのですね、本当にお名残り惜しいです。あ、鷹取家の皆様、お初にお目にかかります。僕は鷲尾貴晴と申します。当主貴雅の腹違いの弟です。あなたが鷹取馨様ですね? さすが弟君、光様によく似ていらっしゃいますね。僕にもすぐにわかりました」
「あ、ああ。私が鷹取馨だ」
途切れなく話し続ける初対面の貴晴に、馨は圧倒されたようだった。予備知識もなく貴晴に会った人間は、大抵鳩が豆鉄砲を食らったような顔になるのだ。
「私は鷹取家に帰ります。大変お世話になりました。どうか皆様、いつまでもお元気で」
光は鷲尾家の三人に、深々と頭を下げた。
生まれて二十年、ずっと光は鷹取家の離れで人目を避けながら暮らしていた。身の回りには極少数の使用人だけ。奏が来るまでは、年の近い人間は一人もいなかったと聞いている。一体どんな思いで毎日を過ごしていたのだろう。
「そして鷲尾家の皆様は、このような私と快く友達になってくださいました」
「友達?」
「はい。私の生まれて初めての、そしておそらく最後の友達です」
光は静かに微笑んだ。今まで同様、そしてこれからも、鷹取家に軟禁される身であると、光はこの場にいる誰よりも理解していた。
「兄上……」
馨は鷲尾家の人間と友達などとんでもないと言いたかった。だが、光の孤独な心を慮ると、馨には言えなかった。光の傍らに奏はいるが、逆に言うと奏しかいないとも言える。しかも奏は鷹取家の使用人にすぎない。そして馨はといえば光の異父弟だ。「友達」が欲しいと願う光に、馨は何もできないのだ。
「兄上、もうここに用はありません。早く帰りましょう」
「わかりました。申し訳ありませんが少しだけお時間をいただけますか?」
「どうかなさいましたか?」
光は微笑むと、貴雅を呼んだ。
「貴雅様」
「何だ」
「お別れのご挨拶をしたいので、貴晴様を呼んでいただけますか?」
高坂に連れられ、慌てた様子で貴晴がやってきた。
「光様! もう帰られてしまうのですね、本当にお名残り惜しいです。あ、鷹取家の皆様、お初にお目にかかります。僕は鷲尾貴晴と申します。当主貴雅の腹違いの弟です。あなたが鷹取馨様ですね? さすが弟君、光様によく似ていらっしゃいますね。僕にもすぐにわかりました」
「あ、ああ。私が鷹取馨だ」
途切れなく話し続ける初対面の貴晴に、馨は圧倒されたようだった。予備知識もなく貴晴に会った人間は、大抵鳩が豆鉄砲を食らったような顔になるのだ。
「私は鷹取家に帰ります。大変お世話になりました。どうか皆様、いつまでもお元気で」
光は鷲尾家の三人に、深々と頭を下げた。