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忘れられし花
第18章 花嵐
 離れの庭の桜がちらほらと咲き始めた。
 淡い色をした桜の花は、まるで光みたいに儚げで夢見るように美しいと、奏は思う。
 桜は本格的な春の到来を教えてくれるけれど、時に真冬のように冷え込む日もあり、体調を崩しやすいので注意が必要だった。

「今日はまた、ずいぶんと寒が戻っています。光様は寒くありませんか?」

 奏は体を起こした光に、厚手の羽織を着せ掛けながら訊ねた。

「はい。ありがとうございます」

 念のため光の手を握ると、ちゃんと暖かかった。光は優しく笑って両手で奏の手をぎゅっと握り返した。

「僕がこの家に来て、もう一年になるんですね。僕が松永さんに買われたのは、今日みたいな花冷えの、冷たい雨が降っている夜でした」

 出会いとはどこに転がっているかわからない。去年の今頃、男娼だった奏は松永にいきなり身請けされ、光の元へやって来た。そして光の身に降りかかった様々な出来事を経て、ようやくこうして穏やかな日々を過ごすことができるようになった。

「そうでしたね。あなたにはこの一年大変なことばかりで、非常に申し訳なく思います」

 光は奏に向かって深く頭を下げた。

「とんでもないです。光様の方が、僕の何倍も大変だったはずです」

 生まれてから二十年、光の世話係であり親代わりであった松永を亡くし、本当の両親をも亡くし、鷲尾家には拐かされて。心にも体にも大きな痛手を受け、体の弱い光は幾度も生死の境をさまよった。
 光はそんな苦しみを決して表に出すことなく、いつも変わらずに優しく微笑むのだ。
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