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忘れられし花
第18章 花嵐
「もうじき馨様が来るはずです」

 男妾の件を正式に光に告げるために、馨は光の体調がよい日をずっと待っていた。今日は朝から春雨が降り、気温は昨日に比べてかなり低いが、光の体調は悪くなかった。

「そうですか。馨様がこちらにお見えになるのは随分と久しぶりですね。馨様にお願いしたいことがあるので、ちょうどよかったです」

 奏は「おや?」という顔になった。光が馨にお願いというのは非常に珍しかった。そもそも、馨でなければならないというものが、光にはほとんどない。大抵のことは奏がいれば何とかなるからだ。

「馨様にお願いってなんですか?」
「秘密です」
「えーっ。教えてください!」

 光はにこにこと笑うばかりで、奏がいくら訊いても教えてはくれなかった。

「兄上!」

 例によって騒がしく馨がやってきた。バタバタという足音がみるみる奥部屋に近づき、襖が勢いよく開いた。光はにこりと微笑み、深く頭を下げた。

「ご無沙汰いたしております、馨様」
「頭をお上げください、兄上。こちらこそご無沙汰をいたしまして申し訳ありません」
「私のことなどどうかお気になさらず。馨様は鷹取家のご当主様であらせられます。お忙しいのですから、あまりご無理をなさいませんよう」

 馨が男妾の件をどう切り出そうかしばしの間黙考し言い出しかねしていると、黙ったままの馨を訝しんだ光の方から呼び掛けられた。

「馨様……?」
「はい、兄上」

 光の人柄を表すような柔らかな声に、馨はハッと我に返る。

「馨様にお願いがあるのですが」
「私にできることであれば、何なりと」

 頼みを断ることなど、馨は考えもしない。

「奏を、ご両親の元に帰してさしあげたいのです」
「光様!?」

 突然矛先を向けられた奏は、予想もしなかった言葉に驚き、慌てて光の顔を覗き込んだ。だが覗き込んだ光の表情は固い。いつも心の中で何かを決めたときに見せる顔だった。
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