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湯上がり慕情 浴衣娘と中年ピンチ君
第1章 それぞれの思惑
 由香の態度と話しに、定義には、現在の状況が分かったようである。この場で由香の味方をして、自分の思うがままに、向こうの悪口を言いたいのはやまやまだった。しかし、それを口にすることは由香に悪影響を与えてしまいそうで、彼は思いとどめている。
「由香ちゃん、晩ごはんは?」
「…………」
 由香が黙りこんだのを見て、定義は察した。
「じゃあ、今から作ってあげる。その後で自転車も積んで送っていってあげるからね」
 由香は定義を見て、直ぐにこたえた。
「私、帰らない。お爺ちゃんところに泊まる」
 どうしたものかと定義が思案しているとき、電話が鳴った。幸恵からである。
 簡単な挨拶と、娘のことを聞く幸恵の声の向こうから、騒がしい声が聞こえる。由香が泣きながら言っていたように、この夜も幸恵の両親らは泊まっていくに違いない。
 定義には、修学旅行はだめと言われ、泣きながら自転車を漕ぐ由香が浮かんだ。相手を一喝したい思いだった。しかし不安げに見上げてくる由香の目の前で、英二に相談もなく言えることではなかった。
 英二に連絡した事を、定義は幸恵に知らせなかった。そして冷静に伝えた。
「幸恵さん、由香ちゃんは今夜はこっちで泊まるって言うから、それに朝早く送っていくから安心して下さい。……」
 受話器の向こうからは幸恵の声に重なり、「まあ、いいじゃないか」と定義はそんな声も耳にするのであった。
 定義は電話を切った。彼の脳裏に数年前に先立った妻が浮かんだ。彼女ならこんなとき──。しかし答えは見つからなかった。ただ、向こうから聞こえた声は、夜中に由香が家を出たというのに、全てを分かった上で、居直っているとしか思えないものだった。

 四日後の午後である。定義の自宅に野上の姿があった。
 野上は、電話での話しの筋を詳しく聞いた。そのあと、修学旅行の費用は親父が黙って手渡してくれた。
 定義は英二が帰ってくるまでに物事の整理は自分なりにつけていた。
「英二、給料は全て幸恵さんに任せていたのか?」
 野上は黙っていた。
(俺は何の為に働いていたんだろう──)
 英二を見て、定義は穏やかな口調で話しを続けた。
「いいかよく聞け。今からアパートに帰って、相手を呼び出して怪我をさせれば自分の人生を棒に振る。もし離婚するにしても、由香はお前が育てろ。金は俺が出してやるから心配するな」
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