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湯上がり慕情 浴衣娘と中年ピンチ君
第4章 夏の夜
 野上はドアの近くに立って、日暮れ前の遠くを眺めた。雨上がりは近いのか、風が流れてくる。
 野上の背中越しに、ドアを開ける鍵の音が響いた。風が彼の白いシャツを通りすぎ、微かな女の匂いに混じり、「野上さん」と呼ばれた。
 彼が振り返ったとき、奈々はバッグを手にして、開けたドアに片手をそえていた。
 目鼻立ちが整った小顔に、前髪に隠れている眉毛、青い葉模様のワンピースと肩にかかるストレートな髪が、スタイルのいい彼女に似合っている。
 野上は奈々に近づき、
「ここは風が通るんだね、それに景色がいい」
「でしょ。日が暮れるとまだまだ素敵だよ。バイパスの明かりとか、町の明かり、船の明かりも見える。今から晩ごはん作るから、きて」
 野上は奈々から見上げられた。
 あと少し時が経てば日が暮れる。今はこんなふうに落ち着いて目を合わせていても、奈々のつんとした鼻筋と、すがりつくような眼差しから、激しいセックスが始まる予感がする。
「じゃあ、おじゃましようかな。では、失礼します」
 その言葉に、奈々は口もとに手を添えてくすくす笑った。
「野上さん礼儀正しくて面白いです。上がって?」
 中に入って二人が顔を見合わせたとき、奈々は両手をうしろに回して上目づかいに彼を見ていた。彼女の背中で、ドアをロックする金属の音が静かに響いた。
 
 靴箱の上に置いていた桃色のスリッパを手にした奈々が、それをフローリングに並べている。ワンピースの胸元に、髪の毛先に隠れた胸の谷間が少し覗いていた。
「はい、これが野上さん専用のスリッパ。私とお揃いだよ」
「買ってくれたんだ。大きさは俺にぴったりのようだね。ありがとう」
 奈々は自分のスリッパを置いたあと、
「こんな予感があったから、前に買ってきていた。晩ごはん作るから、早く上がって? 麦茶飲む?」
 奈々は手を洗い始めた。「麦茶いいね」と、野上も手を洗いながら答えた。彼女は白いタオルを手渡した。

 内装は白い壁造りで明るく、整頓されていた。窓の付いたキッチンには清潔感がある。西に向いた広い窓にはブラインドが掛かり、窓際には花が飾られ、手前に木製の白いテーブルと揃いの椅子が二つ据えられていた。
 彼女が入れてくれた麦茶をテーブルに置いて、窓に背を向けて椅子に腰を下ろしている野上は何もする事がなかった。手持ち無沙汰のように部屋を見ていた。
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