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湯上がり慕情 浴衣娘と中年ピンチ君
第3章 仕込む
 無線を終えた野上は、香織がホワイトボードに書き込んだばかりの予定表を見ていた。そして腕を組むと、背もたれに体をあずけ、「明日はほとんど連絡待ちで屋内だけだな」と、独り言のように言った。
 奥の机で事務を取り…パソコンを操作している香織に、それは聞こえた。
 彼女は野上に目を向けた。そのとき彼は気持ちよさそうに背もたれを揺らし、明日の予定表をぼんやり眺めているようだ。
 そんなことは今までなかったことだった。河合さんが言ったように、野上さんに何かいいことがあったのかな、と香織は思った。
(もしかすると、野上さんに彼女ができた?)
 河合にしても野上にしても、気さくな人柄だった。香織は気軽に話しかけた。
「河合さん、私もそう思います。だって、含み笑いをしているのを私、数回見ましたから。私の直感だと女性かな」
 河合は、すぐに話しに乗った。
 河合はぽっちゃり体型のせいで、若く見える。
「実は香織ちゃん、自分もそう思っていたんだよ。野上さん、どうなんです?」
 野上は大袈裟に手を振って、「違う違う、そういうことは娘が嫁に行ってからだよ」と照れくさげである。
 ちょっと困ったような彼を見て、これ以上問い詰めると悪いな、とそんなことを思う香織なのであった。
 香織が外を見たとき、いつの間にか小雨が降りはじめていた。
「野上さん、雨が降ってきましたね。予報では明日は雨になるそうですよ」
「そうだな、そんな空模様だね。連絡待ちが多いわけだ」
「そうですね……」

 楓生コンの隣りには、上流へと道が続いている。一日の仕事が終わる頃、土砂降りの雨が、アスファルトを叩くように濡らしていた。

      (二)
 会社を出て川沿いを下り、バイパスに合流する辺りには小さな町がある。
 奈々と待ち合わせたのは、午後六時。野上は海沿いの喫茶店で時間をつぶすことにした。
 だがまだまだ早いと思いながらも、野上は店を後にした。長時間、喫茶店に居座ることは自分の性分に合わないのだ。帰り道は岬の旧道を通ることにした。
 土砂降りの雨でも、軽トラックは快調だった。
 岬にさしかかれば、いつもなら水平線まで見渡せる。しかし低気圧と雨の影響らしく、遠くはかすんだように見え、雨を降らせる低い雲の下には、白く波立つ海原が、彼方まで広がっていた。
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