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その匂い買います
第1章 その匂い買います
 「匂いよ」
「えっ? 」
「匂いを嗅ぎたいって言ったのよ、その人が。それも足の匂いと唾液の匂いを嗅がせてくれって」
「気持ち悪い」
「でしょ。でもね、あたしの方から、その人にメールをしたから、仕方なく承諾したのよ」
「タダで? 」
 ショートヘアの女性が、そう言うと、ロングヘア―の女性は、二度ほど首を横に振った。
「なるほどね、そういう事」
「そうよ、真美」
 どうやら、このショートヘアの女性の名前を、真美と言うらしい。
「なぜ、その人にメールをしたのよ」
「SNSの大人の掲示板に、『足の匂いを嗅がせくれる方、探しています』って、題うって掲載されていてね、興味本位でメールを送ってみたわけ」
「そこで、怪しいって気づかなかったの? 敬子は 」
「うーん、なんて言えば伝わるのかな。あそこってさ、割り切りとかで、出会う人達が結構いたりするのよ」
「えっ、今時、まだそんなサイトあるの」
「あるのよ、それが……」
 中塚と三崎はただただ沈黙を貫いて、真美と敬子の話を聞いているだけだった。
「よくも、こんなに、次から次へと、言葉が出て来るものだ」
 三崎と中塚は心の中で呟き、感心をしていた。
「足の匂いを嗅ぎたいというから、仕事帰りの蒸れた足を嗅がせてあげようと思って、立川で仕事帰りに落ち合って、そのままホテルに行ったのよ。だけどその人の顔をなぜだか、思い出せなくてね。髪型は今時、七三分けで、メガネをかけていたのは記憶にあるのよ。不思議と顔だけが思い出せなくて…… 」
 敬子は、神妙な面持ちで話しを打ち切った。対面に座っている真美が、みかねてか、話をフォローし始めた。
「髪型やメガネは覚えているのね。でも、顔って意外と、忘れてしまいがちだったりもするわよね」
「ううん。そうじゃないの。なんとなく覚えてはいるのだけど、それを口に出して明確に説明しろといわれると、出来ないのよ…… 」
「その人とは、どんな目的で出会ったの? 」
「…… 」
 敬子は一瞬、言葉に詰まっていた。そんなふたりの話を、中塚と三崎は無言で耳を立てて聞いていた。中塚はコーヒーカップを口に当て、三崎はアイスコーヒーをストローで飲んでいる。聞かないふりをしているが、隣の話が聞こえて来て、気になっている模様だった。
 敬子が一度レモンティーに口をつけて、徐に話を続けた。
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