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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第2章 愛のバルカローレ
和葉には、常に瑞葉に寄り添い何くれとなく世話を焼き傅く八雲の記憶しかなかった。
副執事の八雲は、子どもの和葉の目にも若々しく水際立って息を飲むほどに美しかった。
他の使用人達のように愛想を振りまくわけでもなく、にこりともしない八雲だったが、兄だけには蕩けそうな微笑みを向けて、常に優しく話しかけていた。
「瑞葉様、今日は朝食をたくさん召し上がりましたね。お薬もきちんとお飲みになりましたし、ご立派ですよ。
…さあ、ご一緒にお庭をお散歩いたしましょう。
八雲がお抱きいたしますよ…」
そう言って宝物を抱くように大切に抱き上げるのだ。
幼かった和葉は、兄が羨ましくてたまらなかった。
常に無表情で冷ややかに全てのものを睥睨するように遇らう八雲に、唯一優しく笑いかけて貰え、四六時中側に傅いて貰える兄が…。
ある日、瑞葉の元に行こうとする八雲のテイルコートの裾を捉え、尋ねたことがある。
「八雲、八雲はどうしてぼくとあそんでくれないの?
どうしておにいちゃまにだけやさしくするの?」
八雲は和葉を見下ろすと、その整い過ぎた美貌に薄く微笑みを刷き、淡々と答えた。
「…和葉様にはお母様もお父様もお祖母様もナニーも侍女もいらっしゃいます。
けれど、瑞葉様には私しかおりません。
ですから、和葉様のお世話はほかの方にお任せしているのです」
その言葉は、幼い和葉の心に鋭く突き刺さった。
取りつく島がないとはこのことだと幼心にも分かった。
…八雲はぼくのことはどうでもいいんだな…。
すべての人々に愛され、賞賛されることが当たり前だった和葉には衝撃の出来事だった。
「…でも、八雲…。ぼくも八雲と遊びたいよ。八雲と…」
テイルコートを掴む手に力を込めたその時…。
階段の上から、弱々しい声が八雲を呼んだ。
「…八雲…八雲…どこにいるの?…胸が…胸が苦しい…」
はっとしたように八雲は階上を見上げ、素早く階段を駆け上がる。
「瑞葉様、お待ち下さい。すぐにまいります」
テイルコートの裾は無情にも振りほどかれ、和葉の手は空を掴む。
見上げたそこには、もはや八雲の姿は影も形もなかった…。
副執事の八雲は、子どもの和葉の目にも若々しく水際立って息を飲むほどに美しかった。
他の使用人達のように愛想を振りまくわけでもなく、にこりともしない八雲だったが、兄だけには蕩けそうな微笑みを向けて、常に優しく話しかけていた。
「瑞葉様、今日は朝食をたくさん召し上がりましたね。お薬もきちんとお飲みになりましたし、ご立派ですよ。
…さあ、ご一緒にお庭をお散歩いたしましょう。
八雲がお抱きいたしますよ…」
そう言って宝物を抱くように大切に抱き上げるのだ。
幼かった和葉は、兄が羨ましくてたまらなかった。
常に無表情で冷ややかに全てのものを睥睨するように遇らう八雲に、唯一優しく笑いかけて貰え、四六時中側に傅いて貰える兄が…。
ある日、瑞葉の元に行こうとする八雲のテイルコートの裾を捉え、尋ねたことがある。
「八雲、八雲はどうしてぼくとあそんでくれないの?
どうしておにいちゃまにだけやさしくするの?」
八雲は和葉を見下ろすと、その整い過ぎた美貌に薄く微笑みを刷き、淡々と答えた。
「…和葉様にはお母様もお父様もお祖母様もナニーも侍女もいらっしゃいます。
けれど、瑞葉様には私しかおりません。
ですから、和葉様のお世話はほかの方にお任せしているのです」
その言葉は、幼い和葉の心に鋭く突き刺さった。
取りつく島がないとはこのことだと幼心にも分かった。
…八雲はぼくのことはどうでもいいんだな…。
すべての人々に愛され、賞賛されることが当たり前だった和葉には衝撃の出来事だった。
「…でも、八雲…。ぼくも八雲と遊びたいよ。八雲と…」
テイルコートを掴む手に力を込めたその時…。
階段の上から、弱々しい声が八雲を呼んだ。
「…八雲…八雲…どこにいるの?…胸が…胸が苦しい…」
はっとしたように八雲は階上を見上げ、素早く階段を駆け上がる。
「瑞葉様、お待ち下さい。すぐにまいります」
テイルコートの裾は無情にも振りほどかれ、和葉の手は空を掴む。
見上げたそこには、もはや八雲の姿は影も形もなかった…。