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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第2章 愛のバルカローレ
「和葉!来てくれたんだね。ああ…もっと近くに来て、貌を良く見せて…」
サンルームの中、モロッコ革のソファにゆったりと座り、白文鳥に餌をやっていた瑞葉が振り返り、嬉しそうに手を差し伸べた。
ワルツを踊るような優雅な動きだったが、気の小さな白文鳥は怯えたように飛び立ち、サンルーム奥の鳥舎に消えてしまった。

和葉はいつものように兄を抱きしめ、その透き通るように白い頬に軽く口づけた。
「兄様、お元気そうで良かった。最近、発作はない?風邪は引いてない?」
細かく尋ねる和葉に、瑞葉はその思わず覗き込みたくなるような美しい翠色の瞳を細めて笑った。
「大丈夫だよ。最近は調子がいいんだ。…ねえ、それよりもっとよく貌を見せて…和葉…」
瑞葉の作りもののように白く華奢な指が愛おしげに和葉の頬のラインをなぞる。
「…相変わらず、和葉は綺麗だね…」
ため息混じりにそう呟かれ、和葉は苦笑する。
「…兄様に言われると恥ずかしくなるからやめてよ」

…だってそうだ。
この兄ほどに現実離れした美しく幻想的で…どこか禍々しい美貌の持ち主など、世界広しと言えどいないと思うからだ。

蜂蜜色の髪は成長するにつれ、更に艶と明るさを増し、今やプラチナブロンドだ。
別荘の中のみで生活しているので、日光に焼けることもないためか、その白い肌は幾分高貴な蒼みを帯びていた。
優美な彫像のような目鼻立ちは西洋絵画に描かれている美の女神のようだし、取り分けその最高級のエメラルドのような瞳は、何度見ても思わず目を奪われる。
形の良い唇はまるで紅を塗っているかのような艶やかさであった。

瑞葉が身に纏っているのは、純白の絹の裾の長い部屋着だ。
まるで中世の姫君のような衣装だが、この類い稀なる美貌の兄に良く似合っている。

…お祖母様は、どうしてこんなにも美しい兄様を毛嫌いなさるのだろう…。
和葉には未だに理解出来なかった。

篠宮の家で、唯一薫子に反抗できるのは、和葉だけだ。
この薫子の理想を全て体現したような美しく健やかで賢い孫を、彼女は溺愛しているからだ。

和葉が薫子がいくら止めても瑞葉の部屋に行き、入り浸るのを苦々しく苦言を呈しながらその美しい眉を顰め、吐き出すように言ったのを未だに覚えている。

「…美しすぎるものは不吉なのですよ。
それはいつか、周りの人々を…いえ、この家の全て滅ぼすのです」





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