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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第2章 愛のバルカローレ
…こんなにも美しく頼りなげな兄様が…そんな訳ないのに…。
和葉は思わず笑ってしまった。

「ねえ、士官学校の話を聞かせて。今、どんな訓練をしているの?」
瑞葉がソファの隣を和葉に勧めながら美しいエメラルドの瞳を煌めかせ尋ねる。
近くに寄ると瑞葉から伽羅の香りが仄かに漂う。
…兄様の匂いだ…。

瑞葉は今年十九歳になるが、世間から隔離され成長して来た為か、年よりもどこか幼く無邪気なさまが愛くるしい。
「うん。実習演習が多くなったよ。実際の戦いみたいに敵味方に分かれて、一日中闘うんだ。
原野の中だから、川で溺れる者や山で遭難する者も続出する。結構命懸けだよ。
僕もこの間、脚を捻挫した。暫く歩くのも大変だったよ」
陽気に答える和葉に、瑞葉の形の良い眉が曇る。
「…怪我、しないでね。和葉に何かあったら…僕はどうして良いか分からない…」
和葉は瑞葉を励ますように、その白く美しい手を握りしめた。
…相変わらずひんやりとした人形のような手だ。

「大丈夫。僕はとても優秀なんだから。
…成績は…二位だけどね…」
大して悔しげもなく笑う和葉を、瑞葉は不思議そうに琥珀色の長い睫毛を瞬かせた。
「一位は誰?」
「…有馬伊織っていう凄く強くて賢くて度胸もあって優秀で優しくて…それから飛び切りハンサムで…とにかく素晴らしい級友だ」
「へえ…。和葉がそんなに褒めるなんて…珍しいね」
「…う、うん…」
…和葉の脳裏に昨夜の激しく雄々しく求めてきた伊織の若い美神のような裸体が鮮やかに蘇った。
頬が、かっと熱く熱を持つ。

「…お茶をお持ち致しました」
静かな…低い美声が響いた。
八雲が銀の盆に茶器を載せて、滑らかな動きで二人の前に現れた。
長身の美しいスタイルが、これ以上ないほどに黒いテイルコートの制服を引き立たせている。
執事というよりは、西洋の格式の高い貴族の主人のような気高さと風格が、彼からは漂う。
漆黒の黒髪はきちんと撫で付けられ、一筋の髪がはらりとその白皙の額に落ちかかっているのが、大人の男の成熟した色香を醸し出していた。
茶器を美しい所作でセットする八雲から、微かに漂う香り…。
…兄様と同じ…伽羅の香だ…。
和葉の胸が、少し甘く痛む。








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