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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第2章 愛のバルカローレ
サンルームの一枚硝子越しに秋の透明な陽光が降り注ぐ。
瑞葉の美しいプラチナブロンドの髪が光に透け、さながら天使のようにその姿を輝かせる。
瑞葉はゆっくりとお茶を飲みながら、落葉松が生い茂る庭を振り返る。
「すっかり慣れたよ。僕には元々友達もいないし、会う人は限られていたから、ここの生活が不自由だとも思わない。
ここには僕と八雲と数名の使用人だけだから、静かで落ち着く。
…まるで生まれてからずっとここにいるみたいに…ね」
「…ここで、八雲と二人きり?」
…この閉ざされた静謐な世界で、あの美しくも冷酷で…謎めいた男と二人きり…。
「うん。主治医と家庭教師が週に一度来るけれど…」
瑞葉はそのアラバスターのような美貌にやや困ったような…どこか艶めいた色を浮かべて微笑った。
「…八雲が彼らを僕に近づけるのを嫌がって…ずっと部屋で監視するようになって…。家庭教師はもう断ったよ。
勉強なら八雲に教えて貰えるしね…」

どきりとするのは、こんな時だ。
…そう…。
二人は、こんな風に息苦しいくらい濃密に閉ざされた世界で生きているのだ…。
瑞葉は、あの美しくも危険な香りがする麻薬のような男の…優しさという甘い蜜のような覆いに隠された狂気に似た執着に囚われて…。

嘗てはそれが嫉ましくも羨ましかった。
…羨ましくて、八雲に何度もしがみつき…その都度冷たく突き放された…。
冷たい瑠璃色の瞳が無関心に和葉を見下ろすのを、何度も見上げた…。
磨き上げられた黒い革靴が何の躊躇もなく和葉から踵を返すのを、何度も見送った…。

けれど今はもう…。
…僕には、あの強くて弱くて優しくて寂しがり屋の…
愛おしい恋人がいる。

「兄様はそれで幸せ?」
間髪を入れずに、瑞葉は頷いた。
「幸せだよ」
「…家督も奪われて、こんな山奥に追いやられても?」
少し意地悪な質問に、瑞葉は気分を害した風もなくすんなり頷いて、柔らかく微笑った。
「幸せだよ。僕には八雲がいるから…」
…そして和葉の手を握りしめると、しっとり湿ったエメラルドの瞳で語りかけた。
「だから、和葉も幸せになって…。
海軍に入っても、無理なことはしないで…。死なないで…」
泣きだしそうな兄の玻璃のように脆い美貌を見つめて、和葉はその華奢な身体を抱きしめる。
「…大丈夫だよ、兄様。心配しないで…」

伽羅の香りが和葉を優しく包んだ…。


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