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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第2章 愛のバルカローレ
寄宿舎に着く頃には、もう日付けが変わりそうな深夜を過ぎていた。

…消灯時間はとっくにすぎたな…。
舶来の腕時計を見ながら、和葉は肩を竦める。
教官に見咎められる前に、何処からか忍び込まなくては…と門扉を見渡すとガス灯の仄かな灯りの下、腕を組み佇む背の高い人影が浮かび上がっていた。

…近づかなくても分かる自分に密かに感動しながら、走り寄る。

「…遅いぞ。消灯までに帰宅する約束だ。
軍人になるやつが、約束を違えるな」
不機嫌を隠そうともしない端正な仏頂面が愛おしい。
「ごめん。伊織」
つい、にこにこしてしまう和葉に伊織は眉を顰めて問いただす。
「何を呑気に笑っているんだ。
こっちは帰ってこないんじゃないかと一日中はらはらし通しだった…」
言葉途中でぎゅっと抱きつき、その頑強な胸に貌を埋める。
「ごめん。でも嬉しくて…」
…伊織が待ってくれていたのが嬉しい…。
そう呟くと、和葉の背中が力強い腕に抱き竦められた。
「和葉…。愛している…!」
絞り出すように低く熱い声で耳朶に吹き込まれた。
「…え?」
思わず見上げる和葉の視界に、猛禽類のように鋭く…熱く滾るような眼差しが飛び込んでくる。
「お前を愛している…。俺の人生にはお前が必要だ。
…いや、お前がいれば何もいらない。ずっと一緒にいよう」
「…伊織…」
何かを思い出したのか、再びむっとした表情で拗ねる。
「…俺は朝一番にそう告白するつもりだったんだ。
なのに、あんな書き置きで…」
伊織への愛おしさと可愛らしさが、胸の奥から湧き上がる。
「ごめん、伊織。すごく嬉しい。
…嬉しくて嬉しくて…今すぐ伊織と愛し合いたい」
琥珀色の濡れた瞳が伊織を蠱惑的に見つめるのに、唇を引き結びその肩を抱き寄せ歩き出す。
「早く来い。じゃないと、ここでお前を襲いそうになる」
冗談とも本気とも取れる言葉に、和葉は胸を詰まらせながら笑った。
繋いだ伊織の手を、強く握りしめる。
「…愛しているよ、伊織…」

返事の代わりに、その手を痛いほど握り返されたのは、言うまでもない。

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