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悦楽にて成仏して頂きます
第14章 修行
少し体が痛いだけなのに、響揮はキッチンまで支えながら歩いてくれる。
琴音から見える位置になると、私の方が恐縮してしまう。
2人は婚約者なのに。その目の前で女性を支えているなんて、琴音はいい気持ちではないだろう。
「楓さん、大丈夫ですか? どうぞ」
琴音が、心配そうに椅子を引いてくれた。
この2人は、これくらいで揺らがない絆で結ばれているのかもしれない。セックスしたとなれば別だろうが、私を支えるくらいなら琴音は響揮の優しさを感じるのだろう。
自分でも、やっと解ってきた気がする。
私はいつの間にか、響揮を好きになっていた。それは、注入の儀のもっと前から。
霊が見える私を理解してくれ、いつも傍にいてくれるような存在。
でも、どうしようもない。
テーブルには、たくさんのおかずが並んでいる。
「どうぞ。お替りも、たくさんありますからね」
「ありがとう……」
琴音から、ご飯を受け取った。
1日振りの食事。それなのに、何となく箸が進まない。美味しそうなおかずばかりなのに。
「疲れすぎていて、食欲がありませんか? お粥を作りましょうか?」
「ううん。大丈夫」
笑顔で言ったつもりでも、ちゃんと笑顔になれていたか解らない。
世間知らずで天然の、琴音も好き。2人の中を、壊したりなんて出来ない。
「ごめんね。美味しそうなんだけど、まだ、食欲がなくて……」
「喰わないと、持たないぞ」
「また、おにぎりにして置きましょうか。お惣菜は、冷蔵庫に」
気を遣われるのが、つらいと思ってしまう。誰も悪くないのに。
「ゆっくり、湯船に浸かってくる……」
私が立ち上がると、響揮も琴音も立ち上がる。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですか?」
「うん……」
それだけ言って、私はパジャマを持って浴室へ行った。
暖かい湯船に浸かると、気持ちが休まる気がする。
桜火の件が終わったら、早くここを出て行こう。少し遠ければ、以前のような家賃の物件もあるはずだ。
自分が、泣いているのに気付いた。
この想いだけは、隠し通さなければならない。2人には、絶対に見つからない場所。浴室なら、いくら泣いても大丈夫。
私は声を殺して、思い切り泣いた。