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悦楽にて成仏して頂きます
第16章  それぞれの思い



 ぼんやりと聞こえたのは、ノックの音。
「楓……。入るぞ……」
 部屋は暗い。夢かと思ったが、顔を向けると本当に響揮が立っていた。
 カーテンを通した月明りで、体格と顔は解る。
「響揮……?」
 琴音の部屋と、間違えたのだろうか。でも、確かに楓と呼ばれた。
「どう、したの……?」
 フラフラと近付いてきた響揮が、ケットの中へ入ってくる。
 響揮にしがみつかれ、私は押さえ込まれた状態
「ちょ、ちょっと? 響揮?」
「少し、だけ……」
「え?」
 響揮にしては、か細い声。
「少しだけ……。このままで、いさせて、くれ……」
 響揮の体が、微かに震えていた。
「うん……」
 意識的に、どこか触れるわけじゃない。しがみついて、動かないまま。
「桜火を、消滅、させちまった……」
 私は、響揮の背中を撫でる。
「あいつは、入院生活、ばっかで……。でも、能力は、オレより、ずっと上で……」
「うん……」
「オレの心臓が、悪かったら、良かったのに……」
 肩をギュっと掴まれ、返す言葉が見つからなかった。
「せめて、天界へ、行かせて、やりたかった……」
 その後は、2人とも無言で抱きしめ合っていた。
 実際に桜火を消滅させたのは私でも、それは響揮から手解きを受けた結果。
 この件については婚約者の琴音がいても、彼女には話せないだろう。
 今は男女としてではなく、同じ仲間としての抱擁。
 薄手のパジャマの胸元に、響揮の涙が感じられた。
 気の強い響揮が、泣いている……。
 響揮が、どれほど桜火を思っていたかの証拠……。
 戦いが終わるまでは、凛とした態度を崩さなかった。それが過ぎた今くらい、我を忘れて泣くのもいい。
 桜火は本当に可哀そうだが、あれしか方法は無かったのだろう。
 哀しすぎる、兄弟の別れ。
 今夜くらい思い切り泣き、明日からは、以前と変わらない響揮に戻って欲しい。
 響揮の体温を感じながら、私は眠りに落ちて行った。



 翌朝、ベッドに響揮の姿は無い。
 心配でも、私から部屋に行くのも憚(はばか)られる。
「楓さん。起きていらっしゃいますか? 朝食が出来ましたよ?」
 琴音がノックをする。
 ドアを開けると、ニッコリと笑う琴音の姿。昨夜桜火の話をした時とは、全く違う。


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