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エメラルドの鎮魂歌
第1章 罪と嘘のプレリュード
薫子は広い書斎で八雲と対面し、息を飲んだ。
…八雲は、薫子の趣味で容姿が良い下僕ばかり揃えたこの屋敷のどの男たちより長身でスタイルが整い、寒気がするほどの美貌を備えていたのだ。
やや青光りする艶やかな黒髪、イタリアの彫像のように彫りが深く端麗な目鼻立ち…。
…そして何より目を奪われたのは、海より深く蒼い瑠璃色の瞳であった。
異国の血を嫌う薫子ですら、思わず引き込まれてしまうほどに美しい瞳だったのだ。

「その瞳の色…貴方の父親は異国の人ね?」
無神経なまでに直接的に尋ねる薫子に、八雲は眉ひとつ動かさなかった。
「はい、大奥様。父親は北欧の人間だったようですが、私が生まれてすぐに帰国してしまいましたので、詳しいことは分かりません」
淡々と答える八雲に、薫子は底意地悪く尋ねる。
「父親は貴方と母親を捨てたのね?」
「はい、大奥様」
「父親を恨んでいますか?」
「いいえ、大奥様。私は生まれた時から父親を知りません。貌も覚えていない人間には興味も関心も持てません。
ですから、私にはどうでも良いことなのです」

自分を捨て、ドイツに帰国した母親を今でも憎んでいる薫子にとって、その言葉は青天の霹靂とも言えるものだった。
知らない者には関心を持てないと、いっそ清々しいまでの冷淡な言葉を放ったこの恐ろしいまでの美貌の混血の青年に、微かな憧憬めいたものも感じた。

薫子は白檀の香りの扇を口元に当てながら、笑い出した。
息子の征一郎は驚いて、母親の貌を見上げた。
母親が、声を出して笑ったところを久々に見たからだ。

一頻り笑い納めると、薫子は元の能面のように冷たい貌に戻り、冷淡に告げた。
「貴方を征一郎付きの従者にいたします。
征一郎はもちろんのこと、貴方も常に美しく優雅に容姿と身なりを整えて人前に出るのです。
私は醜いものに嫌悪を覚えます。
粗相があった場合は即刻解雇です。二度目はありません」

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