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エメラルドの鎮魂歌
第5章 青い鳥の唄
藍の部屋は二人部屋だった。
同室の子は今、補習を受けているらしい。
広さは六畳ほどで、簡素だが木製の二段ベッドと勉強机があり、出窓まであった。
壁紙はクリーム色で温かみを感じさせ、明るい初夏の陽光がたっぷり入る陽当たりの良い部屋であった。
「良い部屋だな」
「部屋も嵯峨先生が設計したんだって。
嵯峨先生は、なんでも出来る…ちょっと!触るなよ!」

部屋の隅に立て掛けられていたイーゼルに近寄り、キャンバスの麻布の取り払う。


「…ほう…。これは君が描いたのか?上手いな…」
…穏やかな微笑みを浮かべた美しい青年の肖像画…嵯峨郁未の肖像画の描きかけであった。

「オヤジ!勝手に見るんじゃねえよ!」
憤りながら青山の手から布を引ったくり、野生猫のように鋭く睨みつける。
「これは郁未くんか?とても綺麗だね。
愛情がないと、こんなに美しく柔らかく表現はできない。
…君、郁未くんが好きなの?」
「な…っ…⁈…オヤジ、テメエ…ふざけんな!」
切れ長の瞳を見開き、怒りを爆発させる。
青山の胸倉を摑まんばかりに詰め寄り、怒鳴った。
「何、寝言言ってんだ!俺が嵯峨先生を好きだなんて!」

そよかぜが吹いたほどにも気にせず、青山は愉しげに笑った。
そして、逞しい腕を伸ばし華奢な少年の身体を包み込むように、両肩を抱いた。
「何がいけない?院長だから?同性だから?そんな取るに足らないことを気にしてどうする。
…人生は楽しまなくては。
恋は大事だ。
恋は人生を豊かに彩り、人を幸せにしてくれる。
…ことに初恋は一度きりだからね」

浮世離れした言葉に、調子を狂わされたように唇を歪めると青山を突き放し、背を向けた。
苛立たしげに言葉を吐き捨てる。
「あんた、完璧に頭おかしい」
「おかしくなるくらいの恋をしてみたまえ。
君が大人になる条件だ」
「はあ?何言ってんの?」
思わず振り返る藍にしなやかに近づき、その形の良い顎を捉える。
「さ、触るな…」

美しいバリトンが唄うように告げる。
「人を好きになる気持ちは一番尊いのだよ。
その感性を大切にするんだ」
人好きのする甘い瞳が優しく微笑んでいた。

「…私は君が気に入った。君が描く絵にも興味がある。これから度々逢いに来させてもらうよ」
そうして、あっという間もなく、その唇は藍の白い額にキスを落としていったのだ。






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